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ICC コレクション

《ガラパゴス》 [1997] “Galápagos”

カール・シムズ

《ガラパゴス》

作品解説

12個のモニターには,コンピュータによってシミュレートされた抽象的な形態を持つ生命体が映し出されています.モニターの前のセンサーを踏むと,その生命体が選択され,生き延び,交合し,突然変異しながら再生が行なわれます.仮想“有機体”がインタラクティヴにダーウィン的な進化を行ないます.

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作家の言葉

《ガラパゴス》においては,仮想“有機体”がインタラクティヴなダーウィン的進化を行なう.12台のコンピュータが抽象的な生命を与えられた形態の行動や数をシミュレートし,アーク状に配置された12のスクリーンの上にそれを映し出す.観客は,それらの画面のうち,自分が最も美的に興味深いと思った生命体のいる画面の前にある脚踏み式のセンサーを踏むことで,この展示に参加する.選択された生命体は生き延び,交合し,突然変異して再生産を行なう.選ばれなかったものは除去され,コンピュータには生き延びたものたちの子孫が住みつく.子孫は親たちの複製であり組み合わせであるが,その遺伝子はランダムな突然変異によって変化している.そうした突然変異が好ましいものとなり,新しい生命体が祖先たちより興味深いものとなって,その結果として観客に選択される場合もある.このような再生産と選択という進化サイクルの進行に伴って,より多くの興味深い生命体が出現することになる.

このインタラクティヴな進化プロセスは二つの理由で興味深いものとなりうる.第一には,それがほかの方法では生み出しえない結果を生み出しうるツールとなる可能性を秘めているからであり,第二には,それが進化プロセスを研究するためのユニークな方法を提供するからである.

この展示におけるプロセスは,人間と機械との共同作業である.観客はどの生命体が最も面白いかを選択することによって審美的な情報を提供し,コンピュータは仮想生命体の生成,成長,そして行動をシミュレートする能力を与える.その結果,人間だけあるいは機械だけで産み出しうるものを凌ぐものができあがる可能性がある.参加者の美的感覚が結果を決定するとはいえ,参加者たちは伝統的な意味における設計者であるというわけはない.むしろ参加者たちは,このシミュレートされた遺伝システムにおいて可能な「生命体」の「ハイパースペース」を切り開くために,選択的繁殖を行なっているというべきである.遺伝子コードと結果として産み出されたものがもつ複雑さはコンピュータによって操作されているので,人間の設計能力や理解能力の限界が最終的な産物にとっての制約となるということは起こらない.

チャールズ・ダーウィンは1835年にガラパゴス諸島を訪れた.彼の自然淘汰の概念はそこの野生生物の驚くべき多様性によって啓発された.この諸島が外界から弧絶していたことが,そこに自立的な進化プロセスの希有な例をつくりだしたのであり,彼はそれを観察する機会を得たわけである.生物学的進化は研究することが困難なものとなる可能性がある.なぜなら地上にはDNAの遺伝システムに基づくただ一種類の大きな例があるだけだし,それらはゆっくり進化するからである.地上の生命体は進化のためにほぼ40億年を要したのである.最初から進化をやり直したり,別の遺伝子体系を研究することはほとんど不可能なのだ.しかしながら,コンピュータの能力を使えば,単純化された進化体系をシミュレートすることによって,進化のプロセスを最初から最後まで観察できるし,また何度もそれを繰り返すことができるようになる.この展示はそのようなシミュレートされた進化過程の例であるが,観察するだけではなく,それぞれの反復過程においてどの仮想生命体が「生存に適している」かを選択することによってその過程に直接に関与する.今回の展示で示されるもののようなシミュレートされた進化の例が,ダーウィンがガラパゴス諸島の神秘的生物たちに見出したものと比肩するような価値をもつことになる日が,いつかやってくるかもしれない.

(カール・シムズ)

作家紹介

近年のカール・シムズは,19世紀の有名な生物学者ダーウィンへのオマージュといえる作品を多く制作している.大学で生物学を専攻した彼は,その作品の印象や経歴から一般に想像されるようなCGプログラマーあるいはCGアーティストというイメージより,むしろ生物学者的な趣が強いのである.

ダーウィンは,1831年から1836年まで,ガラパゴス島など南半球各地の動植物を研究することによって,生物進化論を実証し,1859年に主著『種の起源』を発表している.彼の唱えた自然淘汰や適者生存という学説,つまり子は少しずつ親から変化しながら遺伝し,それが繰り返されることによって別種の生物があらわれ,また,そのなかで環境に適したものが他の生物より有利となり,敗者は絶滅してゆく,という進化論は,当時の西欧社会に,現在では想像もつかない衝撃を与えた.

ダーウィンは,それまで支配的であったキリスト教的な世界観,絶対的な神の存在により万物が生み出された,という超時間的世界=神話的世界観の終焉を告げ,近代科学という新しい世界認識の方法論を打ち立てたのである.

シムズの作品は,もはやわれわれが自明のこととして疑わないこの近代科学的な世界観=ダーウィニズムの,20世紀における「実験」ともいえるだろう.もちろん彼はガラパゴス島に行きはしない.彼は自らプログラミングした人工進化ツール(プログラム)を用いて,コンピュータの広大なメモリ空間上でフィールド・ワークを行なうのである.そこではプログラムは単純な法則に従って,自己増殖を繰り返していく.お互いに干渉し,さまざまな変化を行なうそれは,やがていくつかのパターン=種を形成してゆく.

そして彼は,こうして進化を行なういわゆる人工生命を淘汰するもの,つまり環境として,われわれ観客の参加を作品のなかに位置付ける.われわれはいくつかのモニター上で進化を行なうプログラム=種を見比べ,興味を引いたイメージ,つまり美しいと感じたイメージを選択することができる.淘汰されたイメージは消滅し,生き残ったものがさらに進化して生み出された新しいイメージ=種がそこにまた発生するのである.ここではわれわれは,圧倒的な環境として影響を及ぼす存在,いわば神の立場にあるとさえいえよう.

しかし,しょせんわれわれは神にはなれぬ存在であるようだ.なぜなら,美しいと感じたイメージとイメージを交配させ,より「美しい」子が生まれる可能性を,われわれはコントロールすることができないからである.それは親とまったく同じ進化=プログラムに従って新たな進化を遂げるが,けっしてより美しくなろうとするわけではない.「適者生存」が,必ずしも美を生み出さないこうした彼の作品のシステムは,われわれ人類をも含めたこの世界=自然を表象する忠実なダーウィニズムのモデルなのだ.

ここではコンピュータは,まさしく彼にとって,20世紀のダーウィンの調査船ビーグル号であるといえよう.われわれはその同船者となり,ダーウィンが5年を費やした実験の結果を,わずか5分で追体験できるのである.彼は,21世紀への「進化論」のための,まさに航海士(ナヴィゲーター)なのである.

(後々田寿徳)

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