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ICC コレクション

《AUDIBLE DISTANCE(視聴覚化された「間」)》 [1997] “AUDIBLE DISTANCE”

前林明次

《AUDIBLE DISTANCE(視聴覚化された「間」)》

作品解説

3人の体験者はそれぞれヘッド・マウンテッド・ディスプレイとセンサー・システムを装備し,5m四方の暗い空間に入ります.そこでは心拍がパルス音となり,球状のグラフィックスとなって他者の位置を顕在化させていきます.体験者は,普段あまり意識することのない他者との「間」を姿や声ではなく,視聴覚化された仮想空間によって再認識します.

ICCビエンナーレ ’97 準グランプリ作品
アルス・エレクロニカ・フェスティヴァル98(オーストリア,リンツ市)インタラクティヴ・アート部門佳作入賞

アーティスト

展示情報

関連情報

作家の言葉

「親密」とか「疎遠」などの言葉の存在は,私たちが人間関係の「距離感」を物理的な「距離」に重ね合わせ理解していることを示している.コミュニケーションにとって「距離」というパラメータは物理的,心理的な両面において重要な役割を担っているのだろう.しかし私たちはふだん,このパラメータをほぼ無意識のうちに操作しているので(初対面の人とは比較的距離を置いて接し,親しい友人ならかなり近づいて話をする,など),その重要性を意識することは少ない.

この作品は,このようにふだんあまり意識されることのない自分と他者との「距離」,つまり,人と人との「間(はざま)」の視聴覚化を試みるものである.体験者が三人一組となって作品空間に入ると,その「存在」は心拍毎にトリガーされる立体的なパルス音として,また心拍とともに瞬く球状の「領域」として表現される.そしてこのパルス音や領域は,自他の位置や距離関係によって接触し,干渉し合いながらさまざまな音やイメージとしてリアルタイムに体験されていく.この空間の中では,ふだん私たちが距離を認識する手がかりとする相手の姿や声は消滅し,体験者は「視聴覚化された距離」のみに頼りながら,いわばゲーム的に自他の関係を再認識していくことになる.

この空間では視覚よりも聴覚が優先される.ここでは相手の姿は見えないし,ヘッド・マウンテッド・ディスプレイ(HMD)上に表示される画像でさえ,「聴覚的な」表現をとっていると言えるだろう.ここでは必然的に「どこまでがわたし」で「どこまでがあなた」なのかという,存在同士の境界線は曖昧になり,体験者はその連続性の中に自分や他者の関係を聞き分けていかなければならない.

(前林明次)

作家紹介

前林明次は,知覚の拡張によって起こる新たな現実感や意識下でのコミュニケーションの存在をわれわれに提示してくれるアーティストと言えるだろう.これまで前林の活動は主に作曲やソフト制作,ライヴなどが中心であり,本格的なインスタレーション作品の発表は今回が初めてである.しかしこれまでの活動でも,空間,時間を表現するひとつの手段として音楽や楽器を使ってきたにすぎなかったと言える.

1995年にICCで行なった「楽器とアンサンブルのいまとここ」などにもそれは現われている.そこでは,デジタル・テクノロジーによってブラックボックス化していく楽器へのアンチテーゼとも言うべきアナログ楽器の制作とワークショップが,3人のアーティストとともに行なわれた.それは楽器を表現機械として捉え,楽器演奏と身体との間にあるインターフェイスに潜む未知感覚をさぐる実験としての意味があった.また同年,東京のP3 art and environmentでの「hypersync」では,心拍を使った限りなくインスタレーションに近いライヴ・パフォーマンスを行なっている.パフォーマーの心拍が2台のオープンリール・レコーダーを駆動させ,レコーダーはパフォーマー自身が朗読するテキストをリアルタイムに録音し,再生を繰り返す.パフォーマーは自らの身体情報によって朗読を遮られ,自分自身との間に微妙なインタラクションが起こり,そこに新しい空間的感覚が生まれた.そのほか1997年にICCオープニング・イヴェントとして行なわれた《ディスクラビア》では,NTT情報通信研究所との協力によって仮想空間で自分の分身(アバター)が楽器を鳴らすという画像によるヴァーチュアリティに挑戦している.

このような活動をみると《AUDIBLE DISTANCE》は,前林にとって必然的に生まれてきたものと理解できるだろう.《AUDIBLE DISTANCE》では,体験者はヘッド・マウンテッド・ディスプレイ(HMD)とセンサー・システムを装着し,5メートル四方の空間に入る.耳朶から検出された心拍のリズムが,パルス音となり身体を覆う球となって自分の存在を顕在化させる.眼のように自ら閉じることができず見えないエリアに触覚をのばして距離を感知する耳は,聞くという行為だけでなくわれわれが生きている実感そのものを与えてくれる器官でもある.この作品は,エドワード・T・ホールのプロクセミクス理論でいう空間知覚「見えない泡」を見事に視聴覚化したものと言える.これは視覚,あるいは聴覚だけで相手との距離を感知しているのではなく,そこに経験と創造を介在させた心理的なインタラクションを実現させたものであり,われわれはこのとき,新たな現実と出会いの感覚を得ることができるだろう.前林は,未知の知覚を探求するという新しいアートに挑戦していくアーティストの一人であり,《AUDIBLE DISTANCE》は,さらに人間の本質に近づく表現のためのひとつの方向を示しているようだ.

(小島陽子)

クレジット

協力:株式会社日立製作所
センサーシステム:長嶋洋一(アート・アンド・サイエンス・ラボラトリー)
ネットワーク/画像プログラミング:北沢純
ライブラリー提供:古堅真彦(国際メディア研究財団)
デザイン協力:小阪淳,斎藤綾

作品一覧