ある一日の出来事を繰り返し思い返す様子が,複数の画面で映し出されます.時間が経てば経つほど,その日の記憶は徐々に薄れ,または書き換えられて,いやおうなく変わっていきます.《A Pile of Coins》は,その過程を映像イメージとナレーションのゆがみによって表現することを試みた映像インスタレーションです.
「コインの山」を意味する作品タイトルは,ホルヘ・ルイス・ボルヘスが父から聞いた話に由来しています.ボルヘスの父は,何かを何度も思い返すことをコインを一枚ずつ積み重ねる行為に例えたといいます.何かを思い起こすときに実際に思い起こされるのは,出来事が起こった時点で感じた印象ではなく,前回そのことを思い出したときの印象であって,人は,最初に受けた印象——本来のイメージ——を,記憶として留めておくことができないのだというのです.
玉木はこれまで,映像の自分と現実の自分が同時に登場して映像と現実を越境させることで,認知のずれを共有させることを試みるパフォーマンスなどを制作してきました.その背景には,「それぞれの人が自分が認識した世界を見ているのだとしたら,現実は一体何なのだろう」という問いがあります.一人の個人の記憶の不確かさや曖昧さに焦点を当てたこの作品でも,そういった「現実」というものへのまなざしが感じられるのではないでしょうか.