ICC Review


「オープンスタジオ〈タンジブル・ビット〉展」関連企画
トークセッション,シンポジウム
2000年6月24日/7月1日/2日 ギャラリーD



「Demo or Die(デモンストレーションかあるいは死か)」.その設立当初より,MITメディア・ラボの標語として掲げられているこの言葉を体感できるトークセッション,シンポジウムが開催された.これらはICCで企画,開催された「オープンスタジオ〈タンジブル・ビット〉展」に関連して企画されたものである.

2000年6月24日に行なわれたトークセッションは,マサチューセッツ工科大学(MIT)メディア・ラボ教授・石井裕率いるタンジブル・メディア・グループのメンバーによる彼らの研究コンセプトを紹介する場となった。その名のとおり,「タンジブル(触知しうる)メディア」の開発を行なっている石井の研究室では,数多くのディスカッションのなかからさまざまなプロジェクトが生み出されている.その発想の根底には,石井が幼い頃から使用している算盤がある.算盤は操作とディスプレイが一体であり,人間にとって,ごく自然なインターフェイスをもっている.それはコンピュータ・ディスプレイのなかに展開するヴァーチャル世界と,私たちが生活している現実空間とを結ぶインターフェイスを設計するうえでの石井の目標の一つとなっている.

彼らの発想は多岐にわたる.1)インタラクティヴな表面:机,壁,天井,窓などの建築空間の表面を,物理空間とデジタル空間とのアクティヴなインターフェイスに変換する.2)アンビエント・メディア:建築空間のなかの音,光,影,空気の流れ,水の動きなどのアンビエント・メディアをサイバースペースとのバックグランド・インターフェイスとして利用する.3)タンジブル:手につかみ操作できる物理オブジェクトとデジタル情報をリンクする.以上のようなさまざまなアプローチを用いながら,情報と人とのより身近な関わり合い方を探求していることが表明された.

7月1日には, 坂根厳夫,岩井俊雄,石井裕によるシンポジウム「科学と芸術の間」が開催された.この題名は1985年に出版された坂根の著書名であり,彼自身,この境界線を30年以上紹介し,また探索しつづけている世界の第一人者である.坂根氏の「情報化社会において,芸術と科学という二つのジャンルはいろいろなかたちでかみ合う必要がある」という言葉からセッションは始まり,科学者,アーティストと立場は異なるが,シーグラフやアルスエレクトロニカ,ICCなどで作品(もしくは研究成果)を発表している岩井と石井に坂根が同じ質問を投げかけながら進んだ.

メディア・アートは,従来の完成された芸術(メッセージを伝える)と異なった可能性を秘めている.メッセージが前面に出ているわけではないが,鑑賞者が全身を使って,また対話しながら参加することによって,根底に流れる作家のメッセージを読みとるものになっていくのではないか.むしろ作家は黒子のような存在であり,鑑賞者が主役になりうる未来の芸術のあり方が語られた.

また,坂根氏の問いである「情報化社会にとってクリエーションとはどのような役割を担っていくのか?」ということに対しても,岩井は現在制作中のゲーム・ソフトを紹介し,勝ち負けを争うのではない,ゲームの可能性やマウスを使った興味深いインタラクションを披露することで作家としての回答を示し,石井は数多くの研究成果のなかで日本の玩具メーカーから市販予定である,動きのスケッチを行なうことができるロボットなどを紹介した.全体を通じて,研究や芸術というアプローチからより人間に近いインターフェイスやインタラクションを世界に紹介し,それらが浸透していく可能性の感じられる場ともなった.

7月2日,シリーズ最後のセッションは,服部桂,スコット・フィッシャー,石井裕によるシンポジウム「仮想と現実の間」となった.スコットはメディア・ラボの前身である,アーキテクチャー・マシーン・グループに参加した経緯をもち,服部も過去,メディア・ラボに客員教授として招かれていたことから,新旧のメディア・ラボの研究,またそれらから派生していった研究などを中心に,仮想世界の広がりと仮想と現実とのインターフェイスのあり方が語られた. ヴァーチャル・リアリティーという概念自体,スコット氏が参加していた頃にアーキテクチャー・マシーン・グループがつくったものであり,MITを離れた後,NASAで仮想空間と人とのインターフェイスの開発を行なってきた.コンピュータをコントロールするグローブを開発したしたのもこの頃であり,この研究は日本においてゲーム・コントローラーとして発売された.コンピュータ,ネットワークが情報の在り方を拡張していくのにともない,仮想空間の構築もまた行なわれていった.それはまるで夢の空間の構築であったが,その中心にスコットが存在しつづけていることが証明されるプレゼンテーションであった. 一方で,石井氏からは,メディア・ラボにおける仮想世界,情報構築などの研究をさらに発展させていく試みが語られた.気配,雰囲気なども人間が自然に取り込んでいる情報の一つとして捉え,情報の概念をさらに拡張するとともに,それら情報に触覚を与える.仮想と現実が触覚を通して結びついていく建築空間の研究がどのような成果となるのか興味深い話は続いた.

今回のトークセッション,シンポジウムには数多くのさまざまな職種,専攻の聴衆が参加した.工学系の学生からは発想(アイディア)についてさまざまな質問が飛び出し,芸術系の学生からは技術的,または構造についての質問などが寄せられた.「科学と芸術の間」の交流は客席においても活発に行なわれたことは言うまでもなく,今後もICCでは積極的にこの境界領域を紹介していくことになるだろう.

[伊東祥次]


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