ITの意義
――人間能力の拡張とエントロピーの下方修正

武邑──われわれは一体どうやってかつての工業社会のトラウマから脱却し，新しい情報社会のヴィジョンや，21世紀型のエントロピーの下方修正された社会基盤を作りだすことができるのでしょうか？　政策提言をなさるお立場の月尾先生は，「エコライフ」（＝情報とサーヴィスは豊かに，モノとエネルギーは慎ましく）という新しい経済システムを含めた領域についてどのようにお考えでしょうか？

月尾──これまで人類が手にした技術の目的は，マクルーハン風に言えば「人間の能力の拡張」だったのですが，それは同時に，エネルギーと資源の消費の拡大に比例して目的を達成してきました．自動車は人間の足の能力を拡大してくれたけれど，同時に膨大な石油エネルギーの消費をもたらしました．しかし，このような技術は資源問題と環境問題の両面から限界が見えはじめました．そこに登場したIT技術は，人類が手にした技術の中で初めて，人間の能力を拡張するけれども，資源消費，エネルギー消費は拡大しない技術です．

例えばこれから急速に普及すると思われる電子新聞では，いままで簡単には取り寄せることができなかった外国の新聞でさえ瞬時に取り出すことができます．それから1日に朝刊と夕刊の2回程度しか情報を入手でなかった新聞が，24時間最新のニュースを入手する手段になった．ところが電子新聞のエネルギー消費は現在の新聞のわずか20分の1です．また電子雑誌や電子書籍は普通の雑誌や書籍の40分の1程度のエネルギーで十分です．現在の日本の書籍の流通では50パーセントが返本され，膨大なエネルギーを使って再び紙に戻しているわけですが，電子書籍では返本率は理論上ゼロです．読みたい人だけがサーバーから情報をダウンロードするので100パーセント活用できます．無駄な生産をゼロにして，どこにいてもただちに必要な情報を手に入れることができることになったのです．

最近スティーヴン・キングが出したホラー小説をインターネット上だけでダウンロード販売したところ，1週間で数十万部相当が売れました．また昨年，米国でデル・コンピュータがコンパックを抜いて全米のコンピュータ販売のトップに立つという逆転が起きています．デルの最大の特徴はダイレクト・セールス，つまり既存の流通経路を通さずに全製品を販売することと，注文生産です．顧客がスペックを指定すると，それを作って送ってくれます．これもいまの電子新聞や電子書籍と同じ構造で，あらかじめ想定された需要に対して生産することを一切しませんから，無駄な生産がまったくない．しかも機能という点では，自分が必要とするコンピュータのスペックを指定して作ってもらうから，より自分の能力を高めてくれる製品を提供してくれます．しかも工場から直接配送されますから，流通での経済損失，エネルギー損失がほとんどないのです．

いまIT革命がやろうとしていることは，そういう意味では人類史上初めて，便益は増大するけれどもエネルギーや資源の消費は縮小するという，一種の縮小文明の創出です．これこそIT革命の最大の効用だと思います．特に環境問題や資源問題という限界が見えはじめた時点で，そうした新しい技術革命が出てきたことは大変な意味があると思います．農業革命，産業革命に続いて情報革命，ということでは語りきれない，大きな人類の方向転換を迫っていると思います．最初に言った歴史観という視点で，革命的なことが起こっているのです．

武邑──例えばCATVの同軸ケーブルが光ファイバーになったり，ワイヤレスが急拡大すると，それだけで重さやコストが大きく変化しますね．IT革命自体も進化していて，例えばシスコのルーターも，あと数年もすれば前近代的なシステムになってしまうかもしれませんし，ヤフーのような中央集権的な検索システムも新しい分散型システムに取って代わられるかも知れません．そういう大きな技術革新の中で，われわれが見据えていくスパンを少し誤るとすべてが過去のものになってしまうというダイナミックな時代です．通信インフラにしても，光ファイバーよりも軽い，まさに目方もないものが登場するかもしれない．昔は何トンもあった同軸ケーブルをいまは数ポンドで処理してしまうように，重量的にもどんどん縮小していく方向で技術的環境は進んでいます．

以前月尾先生からお伺いしましたが，かつて浦賀に黒船がきたとき，決して皆黒船を見て驚いたわけではない．電信をペリーが積んできて，それを実演したことに驚いたのだと言います．言ってみればいまのわれわれは，インターネットの第一「黒船」革命期から，どちらかというと，実体の黒船ではなく，電信機をまさに目の前に見ているような時代に突入したように思います．今後の日本のITベンチャーや起業家へのメッセージなどはございますか？