終わりなき道の標に

僕自身,デジタル情報をタンジブルにしないかぎり,情報は決して現実の物理世界には溶け込めないという直観があった.だから,ビットをタンジブルにしてみようということで,この研究を始めました.MITのメディア・ラボに行ったとき,「いままでやった仕事は一切やるな,人生は短いからまったく違うことやれ」と所長のニコラス・ネグロポンテから言われて,その挑戦を真剣に受け止めたことが,結果的に僕に新しい道を切り開くきっかけを与えてくれました.

会津――もしかしたらとんでもないことを石井さんやろうとしている,そのことをはたして石井さん自身はわかっているのかな......

石井――わかっていると思います(笑).展覧会では,見て触った瞬間からの3秒間が勝負です.その3秒間に,「あっ,動いてる」「感じる」「伝わる」「あっ,面白い,こんなのいままでなかった」といった体験をしてもらえれば,次の3分間を続けて遊んでもらえる.そして,作品の裏に流れる一貫したコンセプトを理解してもらうためには,それに続く30分間がとても大切になります.多くの人は展覧会を見るのに1時間以上時間を使ってくれている.そうやって展覧会全体を楽しんでくれた人の何割かは,カタログ[★2]を買って持ち帰り,家で読んでくれて,そして何に感動したのか,電子メールを送ってくれる.個々の作品に興味をもってもらうことも大切なんだけれども,「なぜこれをつくったか」,さらに「個々の作品に共通する思想は何なのか」という疑問を抱いてもらえれば,とても嬉しいのです.

大事なのは,タンジブルという,明快でかつ奥の深いメッセージを,いままで見たり感じたことのない新鮮なかたちで,かつどこか懐かしいかたちで見せること,それを通して,ピクセル中心の未来とは違う,身体により近い未来を感じてほしいということです.

会津――いま僕らが使っている,マウスだとかウィンドウといったツールの原型は,エンゲルバート[★3]たちが40年ほど前に構想したところから始まっているわけですが,いくらなんでも40年前に考えられたものだけで生きていくわけにはいかないので,そろそろ次の世代のツールをつくりはじめた人がここにいるなと感じました.出発点はまだ非常にプリミティヴだと思いますが,観に来た人やあるいは一緒に仕事をしている学生たちに次々に伝播していくものがあると思います.そのときに,あのコンセプトを誰が始めたの,と問われますよね.多分,石井裕は「俺が始めたんだ」と思っているものがいくつかありますよね.

石井――誰がやったかというクレジットを明確にするという文化の成熟度がとても大事だと思います.特にアメリカの学会はそういう面では非常に進んでいますが,日本の一部の業界ではコピーした者勝ち的なところがあって,文化的に寒いところがあります.たとえ誰がやったかということが忘れられても,僕にとっては,自分の生み出したアイディアが時代の変化のなかを長く生き延びて,いつか誰かがそのコンセプトをさらに大きく発展させて,本当に役に立つもの,楽しいものをつくりあげてくれることが,夢です.

しかし考えてみると,京都に禅宗の庭とか,既に先人が英知をふるってつくりだした美学的空間デザインがたくさんありますよね.それらを見ると僕なんかもう本当にただひたすら感動するだけです.だからもしかすると,僕がやっていることは,すでに先人が築き上げた美学を,デジタルの世界に拡張しているだけなのかもしれないと思うのです.逆に,素晴らしい文化的な遺産を受け継ぎながら,その上に,新しい解釈や価値を創造できることは,幸せだなと思います.


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