ロボットの生態系

ロボットのメメント・モリ

浅田──ちょっと話が飛びますが,ロボット自身が自分の死を理解するかどうかがすべてだと思うんですね.死の認識こそが,自我の発生を含めて必然的になるのではないか.しかし,そのためには脳が足りないんですよ.自律神経がまだできていませんから,どこが痛いとか調子が悪いとかいうことを認識できない.

それができて初めて,自分が発生してから死に至るまでを意識することができるし,それが可能になれば,つまり時間意識を獲得できれば,ある意味で生物のアナロジーに戻ることができると思っているのです.そのためには腐らなければなりませんから,ボディがウェットタイプにならなくてはと思います.いまのままだと,モーターやギアがあって,スチールやプラスティックのボディなんですが,ギアが欠けても自分で調子が悪いとは思いませんからね.ロボット自身がボディを変えていくというやり方は非常に現実的で,ロボット病院で「右腕が悪いから換えてくれ」とかロボット自身が言えたらいいと思います.

そのためには自律神経がないと難しいんです.じつはいまの話は,もしもロボットが人間と試合をやろうとしたら,ロボット自身が痛みを感じないといけないということを意味します.ヘディングして人間が脳震盪を起こしてもロボットがケロッとしていたらまずいんですよ(笑).やはり人間並みに傷ついたりする体をつくろうとしたら,痛みを感じないといけない.まさしくアシモフの三原則[★11]どおりに,ロボットがちゃんと自分の身を守るようにならなければいけないわけですね.

佐倉──それは自分をモニターするということですよね.そこの機能が問題だと.

浅田──いまはそこが足りないんです.

佐倉──言葉でモニターしていても絶対に「死」には至らないかもしれないですね.死は生殖や再生産と表裏の関係にあると思うんです.再生産・生殖のときの,いわばリセットが死でしょう.前の世代が死ぬことで,次の世代が生きていけるという面がありますよね.死があるから生がある.

浅田──ロボットの場合,ボディが古くなれば,脳だけを取り出してボディを交換すればよいという気もしますが,しかしわれわれの主張は,ボディがあって初めて脳が成長するので,交換だけでは意味がないのです.

佐倉──美学の問題になるわけですね(笑).

浅田──「ロボカップ」をメディアがとりあげる際に一番多く使われる言葉は,「人工知能を搭載したロボット」といった言い方ですが,それはやめてほしいのです.「一方に人工知能があり他方にロボットがあって,それらがつながるというのではなくて,ロボットのボディがあるからこそ知能が発生するんですよ」と言っても,「人工知能搭載」と書かれてしまう.

それから脳だけとっておいてボディを換えたときには,多分ロボット自体の価値が変わるんですね.ジェリー・ルイスの映画《底抜け大学教授》(1963年)のようにボディが変わると発想がまったく変わってくる.ボディが価値観を変え,発想されるものを変えるわけです.だから頭脳をそのままにしてボディを変えましょうというのはちょっと違うんです.少なくとも腐っていくボディであること.そして死には生殖が伴うからどうしようもないんですが,その問題への対応が一番悩ましいところです.

佐倉──逆に言うと,それがきちんとしていないと,非計算的知性にはならないだろうということですね.

浅田──つまり「昨日はああいうことをしたけど今日はこうしよう」といくかどうかです.もちろんいろいろな制約がありますよ.それによって一日のサイクルを決めたり,環境からの情報によって時間概念が決まるわけですから,ロボットにとっては12時間が一日であるかもしれません.しかし,少なくとも時間という概念が出てこない限りは,自我も発生しないし,他者認識も難しいのではないかと思います.相手という意識が出てくるのは,自分が過去/現在/未来という軸のある時間概念をもって生きているからこそ,相手の行動を理解する可能性が出てくると思います.

サッカーで言うと,フェイントをかけるロボットがつくれればいいと思っています.というのも,フェイントは相手という概念をもち,相手の行動を予測して,その裏をかいてだますということですが,だますためには自我の意識がなければならないと思うんです.また,他人の視点に立てる,相手が何を見ているかがわかるということは,相手の目がどれかがわかるということですね.それが遺伝子的に規定されているのか経験から出てくるのかがポイントですね.

佐倉──そうですね.それは遺伝と学習と両方あると思うんです.京大霊長類研究所でチンパンジーのアイちゃんを使った種弁別の実験をやっています.チンパンジーの写真とヒトの写真を見せるとちゃんと区別するんですね.だけどアイちゃん自身の写真を見せると,これは「ヒトだ!」と答える(笑).

浅田──最近の発達認知心理学によると,基本的には両方の要素があるらしいです.つまり何らかのポテンシャルがあって,経験によってコネクションができる.経験や環境,その他がある種のパターンをつくるらしく,それは理解できるのですが,われわれとしてはロボットの設計をしなければならない.するとどういうかたちで何を埋め込んでいくかということの見極めがつかないと,私自身としても納得できないんですね.

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