特集:テレプレゼンス――時間と空間を超えるテクノロジー/ウィリアム・バクストン・インタヴュー

スキルの三つのレヴェル

――トラスティフィケーション・テクノロジーの視点を導入しなければ,プレゼンスは伝達しえない,テレプレゼンス・コミュニケーションは実現しえない,ということですか?

WB――そうですね.トラスティフィケーション・テクノロジーをデザインするためには,自分の望む組織のかたち,在り方というものを知る必要があります.デザイナーは,その組織において,誰がコミュニケートするのか,頻度はどのくらいか,どんなアーティファクトを使うのか,空間・時間上の場所はどこか,といったことを理解する必要がある.つまり「コミュニティ」の感覚を理解しなければならないのです.コミュニケーションはゴールではありません.コミュニケーションはコミュニティというゴールに到達するための道なのです.

私のアプローチは,「エコロジカル・デザイン」と呼ぶものです.あまり一般的な用語ではありませんが私の定義では,エコロジカル・デザインとはそのデザインを利用しようとする人々の物理的/社会的/認知学的/心理学的エコロジーを考慮するデザインです.
私がデザインを考察する際にまず最初に脳裏に浮かぶのは,人間にとってアイデンティティやプライドをもたらしてくれるのはスキルであり,そういったスキルならば,当人は本気で習得しようと頑張るものだ,という考えです.私が本気で頑張って習得したスキルはというと,例えば,スキーを例にとりましょう.スキーの技術なら私は自信があります.したがって,スキーを買う際には,テクノロジーが,私が30年を費やして向上を重ねてきたスキルを大いに尊重してくれていることを期待する.私はまた長年にわたって音楽の勉強をしました.
以前はプロのミュージシャンだったんですよ.したがって,サキソフォンを購入する場合は,サキソフォンのデザイナーが,私が1日10時間の練習を重ねた日々と,習得してきたテクニックのすべてを大いに尊重してくれていることを期待する.「尊重」がなければならないのです.私が水彩画家だったり書家だったりしたら,良い筆についてあれこれ考える.要するに,ツールはスキルに見合っていなければならないということです.

これまでお話ししてきたことはすべて私の運動能力に見合ったものですが,実際,あらゆる人間には三つのレヴェルの能力があります.まず,運動=知覚能力.腕や耳を働かせる能力ですね.次に,認知能力.考える能力です.そしてもう一つが,社会関係能力.これはとても興味深いものです.こうした能力はすべて,個々人によってまったく異なっています.運動選手の運動能力と画家の運動能力,ミュージシャンの運動能力は違う.会計士と哲学者の認知能力は違う.こうした認知精神モデルに見合ったテクノロジーをデザインすれば,大変有用な製品を作り出すことができます.
例えば,ロータス1-2-3や,もう少し前ではVisiCalc……,これらの表計算ソフトが成功した理由は,このテクノロジーが,人間の会計計算の能力や,人々が会計計算についてどのように考えているかといったことを尊重した正しいモデルだったからです.ロータス1-2-3は即座に大成功をおさめました.われわれもいま,同じことに直面しています.さまざまに異なる社会,日本とカナダを比べてみるだけで一目瞭然ですね.
また同じ国の中でさえ,例えば,東京にあるドリーム・ピクチャーズというアニメーション会社,ここは私の会社(Alias/wavefront社)のソフトウェアを使って特別な作品を作っているのですが,このドリーム・ピクチャーズと,同じくわが社のソフトを使って自動車の設計をしている本田技研工業とを比べてみても,両者が大きく違っていることがわかりますね.われわれは,文化的な差異をも理解しなければなりません.

あらゆるテクノロジーを考える際に私はテクノロジーを鏡として捉えます.スキルをどれだけ正しく反映しているかが,そのテクノロジーのクオリティです.実際には三つの鏡があります.私の運動=知覚能力の反映のクオリティと,認知能力の反映のクオリティと,社会関係能力/社会行動の反映のクオリティということですね.エコロジカル・デザインは,こうした考えを考慮に入れるわけです.
このデザインはスキルをどのように反映しているか,物理的なコンテクストにおいて,つまり,人間だけでなく,ロケーションも含めて,どれだけ正しくスキルを反映しているか,この答えがゴールです.正確に,対象とする人間にとっての,正しいかたちでの,正しい時間における,正しい機能を生み出さねばなりません.専門によっても,この内容は異なってきますから,最終的には,ある人間にとってのテクノロジーは,別の人間にとってのテクノロジーと大きく異なったものになります.

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