InterCommunication No.15 1996

Feature


芸術と科学

統的美術館は,人間が文明の展開の中で表現してきたさまざまな時間概念を保存する場所と見なすことができる.このような時間概念はルーヴルのような美術館では,誰が見ても明らかな審美的傾向としてはっきりと形式的に表現されているのだが,しかし,時間はさらに作品の組織の壁の中に目に見えない刻印を遺産として刻みつけている.ルイ・パストゥールは1865年にエコール・デ・ボザールの講演で「科学と芸術のあり得べきかつ望ましい同盟」を予言したのだが,現在の分析技術はこの予言を裏切ることなく,芸術作品の詳細な調査,鑑定,専門的判断に十分な威力を発揮している.その意味で,1931年にフランス美術館合同専門研究所(LRMF)を創設したふたりのアルゼンチン生まれの物理学者ペレスとマイニーニは,多くの点でパストゥールの後継者と呼ぶに相応しい存在だろう.ルーヴル宮の敷地内の地下に設置されたLRMFは,何世紀にもわたって人々を魅了してきた物体に,文字通り新しい光(紫外線,蛍光,赤外線)を当てる施設である.物理学者,化学者,芸術および考古学の専門家からなるLRMFの研究班は,たとえば粒子加速器AGLAE(大ルーヴル元素分析加速器)のような最先端機器を使って,芸術作品を構成する物的要素に対し非侵襲,超高精度の微分解析を行なう.LRMFはフランス国立科学研究センター(CNRS),原子力委員会,さらには外国における同等機関であるカナダ美術保存研究所,スミソニアン研究所付属保存分析実験室,ゲッティ美術保存研究所,そしてロンドン,オックスフォード,ハイデルベルク,マインツ,アムステルダム,ブリュッセル,ローマにある関連団体と特別な連携を保っている.
術修復の分野でLRMFの技術が活用された最近の目覚しい実例のひとつは,ヴェロネーゼの絵画《カナの結婚》の66平方メートルに及ぶカンヴァスのX線透視映像であった.このX線映像は原画の変更箇所(衣装の色彩変更,登場人物の追加等)を特定するためのこの上なく有効な分析手段となった.同じスペースに数カ月にわたってX線映像と実際のタブローの両方を展示することによって,ルーヴルは訪れる人々の前にヴェロネーゼの絵画の潜在的な領域を可視化し,かつては無条件に信用されて無数の複製によって流布した最終的な画面の下から驚くべきオリジナルの姿を浮かび上がらせたのである.
術史の分野で生じた特殊な要求から,造影技術の方も飛躍的な進歩を遂げている.たとえば,X線画像の基本的特徴である被写体との「一対一」関係[原寸画像]は,トムソン社の高性能スキャナー(Very High Performance Scanner=VHPS)のような強力な手段が出現して無効になってしまった.VHPSは6000×8000ポイントまでの高感度,高精度スキャニングを可能にし,モノクロX線写真用特殊モードを採用して,高解像度画像データを細部の欠落なしにあたかもフラクタル世界を覗き見るように巨大な画像に拡大してゆくことができる.こうして逆説的にも,最初は医療用に開発されその単純な量的忠実度において評価されたX線画像データは,その実物大の大きさが顕微鏡的観察のためにさらに拡大されるに及んで驚くべき有効性を発揮するに至っている.


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