InterCommunication No.15 1996

Feature


時間の技芸

去に対してどんな未来主義的な悪口雑言が言われようと,またサイバー至上主義者たちが現実の事物に対してどんな中傷批難を加えようと,過去の美的遺産は文化の巨大なる宝庫として今もあり,そしてこれからもあり続けることに変わりはない(ウィリアム・ギブスンは『カウント・ゼロ』の中で美術品のもつ神秘的な力を前にして問いかける.「いったいどうやったらこういうかけら,クズをうまいこと仕立て上げて人の心をつかみ,まるで釣針のように魂を引っかけることができるんだろうか」と).現在われわれが開発しつつある芸術作品の歴史の発掘手段の数々は,われわれの過去について教えてくれるばかりでなく,現在の存在物に対するわれわれの知覚をも積極的に形成するものなのである.うつろいやすく捉え難いものという電子の概念は,発生期のヴァーチュアル世界を特徴づけるものとならず,むしろ安定した事物からなると思われていた世界にかえって浸透しつつある.美術品を所有してそれに手を加えたり,上に別の絵を描いてしまったり,別の作品と合体させたりといった根強い習慣が過去にあったことが明るみに出されてしまうと,長い歴史を有する芸術作品でさえ,それを構成するものが何であるかを確定することがきわめて難しくなっているのが実状なのである.壁画の幾層も塗り重ねられた絵の具の層のうちどれを保存すべきか,そしてそれはどんな基準に従って決定すべきか.どのような物理的状態のもとで――修復されたての新鮮な状態かそれともくたびれきった状態か――作品は制作者の意図がもっとも忠実に反映されると見なされるか,そしてそのような意図は実際に優先されるべきだろうか.われわれの文明の時間層をどのような方法で読むべきかは,きわめて重要な社会的問題である.それはルーヴルのような美術館がつねに問いかけてやまない「スフィンクスの謎」なのである.
ットワーク上に生成される最新のコミュニケーションおよび文化センターを傍らにして,物的世界の中にとどまる通常の美術館は,われわれの歴史的美的覚醒の拡張に寄与するという主たる役割を担っている.インターネットとフランスの電話回線システム(ミニテル・サーバー「ジョコンダ」は数年前に利用が開始された)を介したネットワーク版小ルーヴルとも言うべきシステムは,作品のヴァーチュアルな分身をいたるところに描き散らして,ますますあやふやで二枚舌的なものになるオリジナルを探究する多くの人々を惹きつけてやまない.「芸術と科学」シリーズのCD-ROMが明らかにしたもっとも忘れ難いX線画像のひとつは,モナリザの一転二転するまなざしの方向である.レオナルド・ダヴィンチはふたつの角度からまなざしを描いたあと,最終的にあの歴史に残る謎めいたまなざしに落ち着いたのだった.ルーヴルに所蔵されている何十万点もの作品はまだまだわれわれの知らない多くの情報を秘めている.


(サリー ジェーン ノーマン・パフォーミング アート論/
訳=すずき けいすけ・フランス文学)


[前のページに戻る] [註を見る]
[最初のページに戻る]

No.15 総目次
Internet Edition 総目次
Magazines & Books Page