InterCommunication No.15 1996

Feature


国境を越える映像

子出版あるいは電子ネットワークを通じて,より多くの人々にこうした発見を伝達してゆこうという試みは,1989年の NARCISSE(Network of Art Research Computer Image SystemS in Europe=ヨーロッパ美術研究用コンピュータ映像システム・ネットワーク)の立ち上げを機に優先課題となっている.フランス美術館総局およびここと提携関係にあるヨーロッパの諸美術館は,所蔵作品から生成される視覚データが異なる国や文化間で密接に交換されるためには,映像に解説のテクストがつき,その他の視覚マテリアルと同等のクオリティを有する必要があると理解している.こうして複数言語の併用が最初の目標として設置され,さらに図解入りキーワード集が国際的な顔触れを揃えた専門家集団の手で作り上げられて,急成長する電子出版のコレクションの中の「芸術と科学」CD-ROMシリーズ第1巻に取り入れられた[★4].この機能によって,それまでノマド的存在だった映像が適切な術語の範疇の中につなぎとめられ,そして個々の作品がさまざまな国の研究家たちによって十分有意味な枠組みのもとに呈示され議論されることができるようになった(最初の目標は15カ国語併用である).
コラ・プッサンのモノグラフィーとして生誕(1594年)400年記念の年に出版されたこの最初のCD-ROMでは,VHPSの画像拡大機能が存分に活用されている.そこには,紫外線および赤外線映像,層断面およびX線映像といった技術が40タイトルの作品の包括的解析に活用され,細部におけるプッサンの練達の技法が明らかにされる.これによって,たとえば実に小さな部分にも,生き生きとした光の反射や背景の見事な刺繍といった驚くほど複雑な形象が描き込まれているのがわかる.また,『中世リモージュの七宝細工』というCD-ROMは,ルーヴルの工芸部とニューヨーク・メトロポリタン美術館とのあいだで最近行なわれた共同プロジェクトの成果であるが,やはりこのCD-ROMでも細密に描かれた七宝細工の装飾が拡大される.純粋な筆使いの技術と対立するものとしての絵画的細部は,明らかにジャン=バティスト・カミーユ・コローの作品よりもプッサンの作品の方で重要な意味を持つ.そこで次に出版予定の19世紀の画家コローを取り上げたCD-ROMはレーザー干渉計測法といったまた別の分析方法に焦点を当てて,絵の具の層の相対的厚さを解析してコローの前印象主義的なカンヴァス画にそのコロー的特徴の「署名」を浮き彫りにしようと図っている.その次に控えるピカソのCD-ROMでは,LRMFによるあっと驚くようなピカソ絵画のX線画像が新鮮な発見を当然もたらしてくれるはずである.


[前のページに戻る] [次のページに進む]
[最初のページに戻る]