日時： 2005年3月12日（土）14時
会場： ICC 5F ロビー

InterCommunication – ICC Report:
このシンポジウムは、展覧会の企画趣旨でもあるメディア・アートにおけるここ15年ほどの変化について考えることを目的として開催された。1990年代からメディア・アートの分野を牽引したアルス・エレクトロニカやZKMとは別のフェスティヴァルや国際会議、展覧会を企画し、ヨーロッパ、アジア、アメリカ、そして日本を活動の拠点としている、地域的な多様性も考慮した関係者に参加してもらうことで、その変化を浮き彫りにしようという意図であった。

はじめに、3名の海外からの参加者に、それぞれが今最も力を入れている仕事を紹介してもらいつつ、そこから導き出される問題点などを提出してもらった。

スティーヴ・ディーツ（「ISEA2006サンノゼ」ディレクター／アメリカ）からは、サンノゼで行なわれる「ISEA2006」、それと同時開催される「ゼロ・ワン・サンノゼ」展の企画概要がかなり具体的に示され、多民族社会によって構成される社会において情報と文化に多くの人がアクセスできるようにするためのさまざまな工夫、そのための公共性をどのようにして形成していくか、といった点についてプレゼンテーションがされた。

また次に、グナラン・ナダラヤン（キュレーター、評論家／シンガポール）は、メディア・アートの歴史を書くことの重要性を説いた。それはある普遍的な歴史を形づくるのではなく、美術史や技術史からはこぼれ落ちてしまうような、それぞれの地域に固有の技術と芸術の関わり合いを丹念に拾い出すことで、決して単線的ではない多様な系譜が関連しあっていることを認識するための作業である点を繰り返し強調していた。特に、それが懐古的なまなざしによるものではなく、これから起きることの可能性を知るために豊かな過去の成果を振り返るのだ、というコメントには多くの人が共感をもったのではないだろうか。

最後の発表者は、先日終了したばかりの「トランスメディアーレ05」（ベルリン）において、メディア・アートの境界線について議論するカンファレンスを開催したばかりのアンドレアス・ブレックマン（「トランスメディアーレ」ディレクター／ドイツ）だった。彼は、現代美術との明確な区別を回避し、むしろその連続性を見出すことでメディア・アートの自律性へ疑問を投げかけていた。過去にはロッテルダムの V2でプログラム・ディレクターを務め、ヨーロッパを中心としたメディア・アート・シーンの中心に居続ける立場にいながら、彼がこうした刺激的な問いを発することになったことに、現在進行しつつある変化の兆しを見てとれるような気がしたのは筆者だけではなかっただろう。

吉岡洋（情報科学芸術大学院大学［IAMAS］教授）と阿部一直（山口情報芸術センター主任キュレーター）、そして筆者という、3人の日本側パネリストからの発言によって口火を切ったディスカッションでは、当然ブレックマン氏の見解への反応が中心となった。それは用語の定義をめぐる議論にも、専門家とアマチュア、教育や美術館などの制度の問題などへも波及していくものであった。特に印象的だったのは、技術的な「新しさ」をただ強調して未来へのユートピア的展望を描くことへの懐疑や、もともとこの分野がもっていた異種混交性をもう一度呼び戻す必要性が話題にあがったことであった。

こうした基本的な問題について議論を交わす機会は、じつはそう多いものではない。ICCのみならず「トランスメディアーレ」などでも同様のテーマが議論されているのは、メディア・アートという分野がもち備えつつある自律性を改めて疑う必要性が生まれてきたことの証だろう。また、こうした議論の前提にはある共通の認識があったと考えてよさそうだ。ICCが開館した1997年当時はまだ、メディア・テクノロジーによって社会が大きく進化していくことをかろうじて信じることができた最後の時期だった。そして、コンピュータやネットワークは特殊なものではなく、誰にでも操作できる身近なものとなった。しかし、それが実際のところ何をもたらしてくれたのか??ITバブルが崩壊し、また速度の追求や監視社会化がもたらす危機的な側面に注目が集まる時代になり、メディア・テクノロジーは幸福をもたらす玉手箱ではなくなった。そうした認識があったからこそ、現在のメディア・アートをめぐる地政学的な問題、歴史的な認識、そして再?定義などの刺激的な見解が示されたと考えるべきだろう。

残念ながら時間的な制限から、シンポジウムの中ではこうした問題提起をするまでにしか至らなかったが、展覧会の企画意図にふさわしい、現場からの真摯な発言を聞くことができたと思える。今回の発言者の中では、最もユートピア的展望に向かって進んでいるように思えたディーツ氏の「ISEA」は、メディア・アートの最後のフロンティアとして環太平洋地域のネットワークをテーマとして掲げている。アートの創造力は、境界線を押し広げ、私たちに既成の価値観の再認識を促す。メディア・アートを規範化せずに、複数の歴史的な補助線や、隣接領域との接触によって変化をしていくことを許容していくためにも、こうした現場から浮上してきた言葉を聴く機会がますます望まれているのではないだろうか。［住友文彦］

出典：『季刊 InterCommunication』No.53（NTT出版，2005）

アート・ミーツ・メディア：知覚の冒険シンポジウム「メディア・アートの現在」

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シンポジウム「メディア・アートの現在」