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ICC メタバース・プロジェクト
Vol.5市川創太×松川昌平 [メール対談]「建築とメタバース」(前編) 進行:畠中実(ICC学芸員)
1第3信:松川昌平

 お世話になっております.そしてご無沙汰いたしております.
 市川さんは今メキシコにいらっしゃるとお聞きしております.今回,畠中さんからメタバース研究会の対談のお話をいただいたときに,ぜひ市川さんと対談させていただきたいと無理にお願いをしてしまいました.お忙しい中,急なお話をお引き受けいただき,本当にどうもありがとうございます.また畠中さん,今回は貴重な機会を与えていただいてありがとうございます.

 まずは,2007年10月に山口情報芸術センター(YCAM)で行なわれた「Corpora in Si(gh)te」展を拝見した時に感じたことを中心に,今回のメタバースの議論に引きつけながら,僕の方から市川さんに3つの質問をさせていただきたいと思います.

●質問1:ボトムアップな環境計測の可能性

 CiSも情報環境上に構築された建築という意味でメタバースと言って良いと思います.数あるメタバースと比較してCiSが,僕にとって大変興味深いのは,人間に生来備わっていないセンサー群を用いて実環境を観測し続けている点です.

 なぜ環境を計測することに僕が興味を持っているのかをもう少し詳しく言いますと,最近,メタバースのひとつであるGoogle Earthを例にとって妄想の中で勝手に進化させ,新たな都市像を描くシステムを構想するという試みをしました[※03].ここでは,セカンドライフに代表されるような,ユニバース(実環境)に対するオルタナティヴなメタバース(情報環境)というよりも,ユニバースと「連動する」メタバースにこそ可能性を見出したいという意味で,その代表例としてGoogle Earthを取り上げました[※04].しかしご存じのように,Google Earthは主にGPSのようないわば「鳥の眼」からの環境観測によって構築されています.もちろんGoogleストリートビューのような「虫の眼」の観測データも統合されつつありますが,視覚的な観測データに留まっているのが現状です.

 対して,CiSでは,スマートダストという軍事テクノロジーを用いて,目に見えるような環境情報だけではなく,明るさ,温度,騒音レヴェルなど,通常人間には感知しにくい微気候のような環境情報をボトムアップに計測し,その計測データを元に建築の可能態をメタバース上に生成することに成功している点がとても重要だと思っています.
 これまでは,「シーランチ」をチャールズ・ムーアが設計する前に,ローレンス・ハルプリンが一年かけて周辺の環境を観測したように,環境を観測するプロセスと環境を生成するプロセスは分離されていました.しかしその連動可能性がまさにCiSで示されていたように思います.

 このようにユニバースとメタバースの連動を考えたときに,CiSで試みているようなボトムアップな環境計測が,メタバースに及ぼす可能性について,市川さんはどのようにお考えになっているのかを,まずはお聞かせいただければと思います.

●質問2:メタバースの表記法(ノーテーション)

 CiSでは,「Super Eye(超眼)」と呼ばれる主観的な表記法が用いられています.「Super Eye」は市川さんの活動当初は「なめらかな複眼」と呼ばれていたように記憶しています.離散化した複眼なのに,なめらかであるという語義矛盾が,ダブルネガティヴスのように興味深い.それはさておき,ここでは,複眼というまさに「虫の眼」を参照していることが重要に思います.

 ヤーコプ・フォン・ユクスキュルは生物種それぞれに再構築される主観的な環境を,「環世界(Umwelt)」と呼びましたが,市川さんの「Super Eye」はその環世界の表記法だともいえるかもしれません.
 ユクスキュルの『生物から見た世界』(岩波書店,2005)で描かれていた生物種それぞれの環世界は,人間が持つセンサーを通して認知されている環世界からの欠落として描かれていました.それは他の生物種の環世界を直接覗くわけにはいかないので当然だとも言えますが,「Super Eye」においては,それを考え出した市川さんがいるのでぜひ質問してみたいことがあります.

 正直に申し上げて,僕がCiSのインスタレーションを体感したときには,「Super Eye」の視点に自己を投影するのが非常に難しかったのです.喩えが良いか分かりませんが,レントゲン写真から病気などを発見するためには,レントゲン写真を読み取るリテラシーが求められるように,「Super Eye」に自己を投影するためにはそれなりの訓練が必要なように感じました.逆に言えば,脳の可塑性によって「Super Eye」のリテラシーを学習することができれば,レントゲン写真のように,今まで捉えられなかった何かが見えるのではないかという大きな可能性も感じています.市川さんは,活動当初から「Super Eye」という空間表記法を使用されています.市川さんはこの「Super Eye」を介在させることによって,僕たちには見えていない何を見ようとされているのでしょうか?

 さらに言えば,現状のメタバースは3D仮想空間を2Dディスプレイに投影しています.90年代に盛んに議論されたように,これはメタバースの空間表記法が,ユニバースにおける人間の空間表記法と同じである必然性があるのかどうかという問題に繋がるのでないかと思っています.メタバースにおける空間表記法について,市川さんのお考えをお聞かせいただければ幸いです.

●質問3:メタバース(情報環境)からユニバース(実環境)への切断

 僕が3番目にお聞きしたいことは,『Corpora in Si(gh)te Book I』[※05]のなかで,ドミニク・チェンさんが下記のように指摘されていることと,ほぼ同義だと思います.

「CiSに物理的な実体化の可能態(それが物質であろうと,力学であろうと)を見て取るのでなければ,我われはいつまでたってもCiSを「建築」として正しく評価することに至らないだろう.(中略)現行のCiSの限界点は,その産出結果が情報層のなかに止まっていることであり,情報的な作動的閉鎖系は構成し得ていても,それは生態的存在としての人間とは構造的にカップリングしていない.情報的な自律性が孕む美学は必然的に孤独である.真に生きた建築を標榜することは,その系自体がその系のなかに位置する人間がいきるためのプロセスを産出し,交易関係を結ばなくてはならない.」(ドミニク・チェン「作動的閉鎖系としての構造:いきる建築にむけて」 )

 ドミニクさんが指摘するように「産出結果が情報層のなかに止まっていること」がCiSの限界点なのだとしても,しかし同時に,CiSの展示ではその限界を突破しようとする試みもなされているようにも思います.

 今後Corporaプロジェクト[※06]は,「C.R.C」や「C.K」[※07]のように,メタバースに構築された建築を可能態と捉えて,ユニバースへと現実態を「切断」していくような方向に向かうのでしょうか?
 あるいは,AR(強化現実)をさらに押し進めて,映画『マトリックス』のように,情報環境上に構築された建築に身体感覚を伴って没入していく方向に向かうのでしょうか?
 動的に回り続けるシステムをメタバースに構築することは可能となってきましたが,ユニバースとの連動を考えたときに,両者のタイムスパンの違いをどのように考えていらっしゃるのかをお聞きしたいと思っています.

 以上,3つの質問を叩き台にしながら議論を進めていければと思っております.

[※03]最近,メタバースのひとつであるGoogle Earthを例にとって妄想の中で勝手に進化させ,新たな都市像を描くシステムを構想するという試みをしました.:「Art and Architecture Review」というWEBマガジン上で,「アルゴリズミック・デザインにおける『都市2.0』システム」と題して,建築家の藤村龍至氏とメール対談を行なった.[松川] http://aar.art-it.asia/u/admin_edit1/4yrbJYPILX6ZaN5wfAOS [※04]ユニバースと「連動する」メタバースにこそ可能性を見出したいという意味で,その代表例としてGoogle Earthを取り上げました.:ICC メタバース・プロジェクトVol.4 田中浩也×柄沢祐輔の回でも議題となっていたように,「空間設計には「不自由さの設計」が不可欠だ」という意見に僕も賛成です.[松川] http://www.ntticc.or.jp/Exhibition/2009/MetaverseProject/vol4_1_j.html [※05]『Corpora in Si(gh)te Book I』:下記のURLからpdfをダウンロードできる. http://doublenegatives.jp/publication/CiS_Book_I_cc_by-nc-sa.pdf [※06]Corporaプロジェクト:dNAによって2004年に開始された,自律する複数の主観的視点によってデザインをコントロールする建築プロジェクト. [※07]「C.R.C」や「C.K」:ともにCorporaプロジェクトの一環として展開された《Corpora of Ribonucleic Coral》(2006),《Corpora of Knowlodge》(2006)のこと. http://doublenegatives.jp/production/CRC/index.htm http://doublenegatives.jp/production/CK/index.htm