ICC
ICC メタバース・プロジェクト
江渡浩一郎「仮想〈空間〉の起源と進化」
仮想空間内での自由度を高めて,コミュニケーションを広げる

江渡:とはいえ,仮想の経済圏の構築を大きく打ち出して,ある程度の成功を収めたセカンドライフはセカンドライフなりに,興味深い点もありました.僕が先に引き合いに出したネットワークゲームは,メタバース全般のなかでもやはり特殊な存在です.つまり,そのゲーム空間内部の世界観や登場するアイテムなどは,ゲーム運営会社によって完全に管理されていて,ユーザー側の自由度は低い.だけど,いわゆるメタバースと称されるものは,ユーザー側にもある程度の自由度を与えているのが特徴です.
 それこそ,Tシャツを作って仮想空間内で販売するなど,参加するユーザーは世界を構築する側にもなることができる.リンデン・ラボ社が巧妙なのは,世界を構築する側にもある程度の課金を課したことでしょう.世界を構築する側は同時に消費者でもある(実は現実世界もそうですが)……,そういう形で経済圏がうまく回り,ある程度発展する兆しはあった.だけど当然ながら,ある一定以上は大きくならなかったので,いまでは萎んで見えてしまう.その構造そのものを見直そうとすると,メタバースというコンセプト自体をゼロから考え直さなければいけない.それって,すごくハードルが高いでしょうね.
 セカンドライフ・ブームのときにある程度の構造を築いた人たちは,やがて自分でもセカンドライフ的な仮想空間を運営するようになりました.例えばセカンドライフ的なアメリカンなテイストのキャラクターの代わりに,日本人好みの二頭身の可愛らしいアヴァターを用意したり,三次元ではなくて二次元の世界にしてみたり,様々なアイディアを加えて参入してきました.でも,構造的にセカンドライフの後追いでしかないのならば,得られる成果もいっしょです.つまり,セカンドライフが萎んでいったのと同様に,他のプロジェクトも結局は萎んでいくだろう,と想像してしまうわけで……って,なんだか暗い見通しにしかなりませんね(笑).

──だけど,必ずしも実際の経済活動が仮想空間内で行なわれなくてもいいわけですよね.例えばミクシィのような巨大なSNSでも,実際に会費を払っているプレミアム会員の比率はそんなに多くなさそうです.すると運営費を賄うための主な収入源は,やはり広告費でしょう.ミクシィは,あのサーヴィスを利用している何百万人もの会員数があるからこそ,広告の効果があるわけです.そういう意味でいうと,仮想空間の「入居者」が何百万人という規模になって,本当の都市みたいな規模になったら,何かが変わってきますよね.ただそこに「人が住む」だけでも,効果を生むわけですから.

江渡:それはそうです.ただそうすると,問題は「じゃあ,仮想空間である意味は?」ということになる.「すでにSNSで需要が喚起されていれば,それで十分なのではないか」と.
 前半にお話ししましたように,僕はもともとテキストベースの仮想空間から発想をスタートさせているから,「空間とはなんぞや?」ということを昔から考えていました.逆に言うとミクシィのようなサーヴィスも,一種の仮想空間なのではないか……と.二次元や三次元のグラフィックスこそ使っていないけれど,あれもまたメタバースの一種なのではないか,と捉えることもできます.
 話を広げて,セカンドライフとミクシィの大きな違いは何かと考えてみると,それは(先ほども少し触れたように)「ユーザーにとって空間に自由度が与えられているかどうか」だと思います.セカンドライフに関していえば,世界を構築するのにユーザーの力を借りようとした点が画期的だった.リンデン・ラボ社は土地を提供するけれども「建物は自分たちで建ててください」と言う.そして巧妙にも,建物を建てようとするときに,ユーザーからさらにお金を徴収する.でも,ユーザーはお金さえ支払えば,その世界を自由に構築できたし,商売をすることもできた.かたやミクシィは,そういうことはやっていない.日記とかコミュニティの機能はあるけれども,その枠を超えた「新しいコミュニティ」みたいな仕組みをミクシィ内で作ることはできない.
 ところが世界に目を向けてみると,またちょっと話が違ってきます.例えば「Facebook」(http://www.facebook.com/)の発展の仕方がとても興味深いです.Facebookでは,そのなかでユーザー同士が遊べるゲームなどがあるソーシャルユーティリティサイトなのですが,そういったゲームを提供するのは運営会社とはまた別の会社です.いろんな会社が作ったゲームなどのアプリケーションをFacebook内に自由に埋め込める仕組みになっている.そしてユーザーは,そうしたFacebookアプリケーションにアクセスすることで,他のユーザーと交流できる.例えばオセロみたいな他愛のないゲームでも,知り合い同士でコミュニケーションを取りながら遊ぶ楽しみが,そこに発生します.課金の仕組みもアプリケーションごとに自由に設定されていて,そこではけっこうな金額が動いているらしい.現在,Facebookは世界ユニークビジター数が1億を越えていると言われていますが,そこにはかなりの需要がある.つまり,Facebookというひとつの空間に,そういうアプリケーションを提供する会社とそれを欲しがるユーザーがたくさん集まってくる……こうした世界観は,これからも発展していくのではないかと思います.

──たしかに,単にメッセージを送受信するだけではなく,遊びのツールやコミュニケーションのためのツールがたくさん用意されていて,それらを色々自由に選べるのは,面白いですね.

江渡:たぶん,そういう方向に発展していく方向性もアリだと思います.例えば,日本でいえば「モバゲータウン」(http://mbga.jp/[携帯電話専用]PC版モバゲーは⇒ http://pc.mbga.jp/.pc/)がそれに相当しています.モバゲーが最初に登場した頃,電車の吊り広告などで「ゲームが無料でできる!」と宣伝されていました.たしかに会員登録すると自分のアヴァターが与えられ,タダでゲームができるのだけれど,カギとなるのはそこではありません.「ゲームが無料でできる!」というのは,単に人を集める手段でしかなかったわけです.
 例えばカーレースゲームをすると,参加者のランキングが発表されて,自分の点数や順位が分かる.ポイントなのは,そこでのランキングが各参加者のユーザーページへのリンクにもなっていること.例えばランキング上位のユーザーのところをクリックすると,その人のホームページに行ける.するとそこに表示されたアヴァターがすごくカッコよくて,そこでコミュニケーションが始まったりする……という仕掛け.すなわちモバゲーは「ゲーム」という看板で人を呼び込んでいるけれど,実はSNSなのです.ゲームというキーワードで集まってきた人たちの間に横のつながりができるような仕組みが用意されている……そこがモバゲー・システムの本質的な部分です.だから,先ほどのFacebookの成り立ちとは順番が逆転しているけれど,狙っているところはよく似ています.
 まずモバゲーに登録すると,「初期アバ」という自分のアヴァターが与えられます.だけど,最初の状態は白いTシャツと下着のパンツくらいしか着ていなくて,見るからにショボイ(笑).なので,せめて服ぐらい着せてあげたくなるのですが,それにはモバゲー内のお金「モバゴールド」(モバG)が必要になる.入会時に500GのモバGが全員にプレゼントされますが,色々揃えていくとそれだけでは足りなくなる……たしかそういう感じで,アクセサリーやアイテムを調達するごとにモバGが必要になる仕組みだったと思います.
 で,モバGを得る手段も色々あって,モバゲー内の広告をクリックすると,そのサイトに飛んでいって2Gの収入になる.あと,新規ユーザーを紹介すると300G+レアアイテムの紹介料がもらえて,これまたけっこうな収入になる.現実の通貨を使ってモバGを得ることもできるようになりました.

──いまのお話だと,コンテンツとコミュニケーションは実は繋がっているということになってきますよね.それは面白い…….

トレメル志保(ICC研究員):ちょっと話は飛びますが,グーグルの仮想空間サーヴィス「Lively」がなくなってしまった背景にも,課金制度がうまく確立できなかったという背景があったのではないでしょうか.たしか「Lively」のアヴァターも,グーグル側が提供したパーツしか使えなかったのですが,そのパーツの横に「Price: free」って書いてあったんです.なので,もしかしたら後からそこにお金を徴収するシステムを付け加えようとしていたのかもしれません.だって課金制度を設けて,しかもセカンドライフみたいに自分で服を作れる自由度を与えるような計画がなければ,そもそもPrice欄なんて必要ないはずですから.でも結局は半年程度でサーヴィス自体が終了してしまった.やはり課金制度のビジネスモデルをうまく作れなかったから,グーグルも早々と撤退することになってしまったのではないでしょうか.

江渡:「Lively」のケースは本当に謎ですよね.たぶん内部的にどうにもならない事情があったのではないでしょうか.でもはっきりしているのは「ビジネスモデルが確立できなかった」ということに尽きるでしょう.だって,どんなに高い障害があったとしても,ビジネスモデルさえ構築できていれば「何とかしよう!」と努力で乗り越えられるわけですが,逆にそれがないと早々に沈んでしまう.
 あと,たしか「Lively」では,仮想空間内での性行為が禁じられていた……あれも笑えますよね(笑).逆に言うとセカンドライフのほうは,ある程度そういうケースを黙認していたわけです.セカンドライフでコミュニケーションをしようと寄ってきた人たちにも,ある程度はそういう事態を期待していた側面があって,それをのっけから禁止しちゃうとアクセス数が減ってしまうから,セカンドライフではあえて禁止しなかった.だけどグーグル側は「やはり禁止すべき」だと思ったのでしょうが,そうしたらうまくいかなかった……そういう側面もいくらかはあるでしょうね.

──例えば今後のメタバース事業においても,プラットフォームが提供されて,ビジネスモデルを考えるのはサーバを買う側になります.すると,それぞれの参加組織が魅力的なアイディアを打ち出していく必要がありますよね.

江渡:それはすごく大変なことですね.データやシステムを整理することと,ビジネスモデル自体を構築することは,そもそも難易度が全然違いますから.

──サーバを提供していく作業よりも,今度はその運用方法,事業として成功するようなビジネスモデルを提案するコンサルタント業が必要になってきますよね.

江渡:それがカギになるでしょうね.ひとつのケースとして「企業や特定組織内での仮想空間利用」ということを想定するならば,色々と可能性があるのではないでしょうか.いままでは,広く一般大衆を対象に3D仮想空間を提供して,それをビジネスにまで発展させるというモデルケースの話でしたが,イントラネット内に限って仮想空間を提供するモデルも,当然ありえるはずですから.
 今日のこれまでの話では,そうした可能性についてはあまり上がってきませんでしたが,そのレヴェルにおいては「ビジネスモデル」という言葉はふさわしくなくて,むしろ「どれだけ(企業や組織の)役に立つか/使い物になるか」という発想になるでしょう.今後はそういう側面を掘り下げていく段階のような気もします.例えば,会員制サーヴィスみたいな形で教育に利用する方法も考えられる.ある程度狭い範囲で会員を募集して,通信教育をメインにしながら,仮想空間内での授業のサーヴィスを付けるとか,そういうところで知恵を絞っていくことになるのではないでしょうか.

──セカンドライフ的なモデルケースを超えたメタバース展開を考える時期に,まさに来ているということですね.本日はありがとうございました.
(2009/02/20@ICC会議室)