ICC
ICC メタバース・プロジェクト
江渡浩一郎「仮想〈空間〉の起源と進化」
「仮想空間」への関心が飽和してしまった

江渡:ここまで昔の話をみっちりとお話ししてきたのはなぜかと言いますと……ある意味,僕はこの頃に,そうした「仮想空間を運営する」ことへの関心が飽和してしまったからです.ですから,その後はしばらく空白期間が続きます.特にソニーでやっていたプロジェクトがうまくいかなかったこともあって,僕自身「VRMLはもういいや!」という気持ちになったし,実際のマーケットとしても,SGIもソニーもVRMLブラウザ事業から撤退してしまう.
 ソニーのVRMLブラウザのプロジェクトは,その後「PAW」というサーヴィスへと発展するのですが,それはそれで面白かったですよ.仮想空間にアクセスすると自分のアヴァターが出てくるのですが,すぐその横にかわいいペットのネコがいて,アヴァターの相手をしてくれる.ネコを撫でたり餌をやったりする他に,人工知能のようなものを持っているネコとおしゃべりすることもできる.ネコが「ジャンケンしよう」とか「しりとりしませんか?」とか,話しかけてくれます.そして,そこはマルチユーザー空間だから,他のアヴァターもネコを連れて歩いている.すると,ネコを連れたユーザー同士が仮想空間のなかを散歩しながら,お互いにコミュニケーションを取れる.あと,通りを歩いているといろんなアイテムが落ちているので,それを拾ってお金を得ることもできる.でも,その「PAW」プロジェクトも,やはり数年もすると終了してしまいましたね.

──なぜでしょうか?

江渡:やはりビジネスとして成立しなかったんですよね.課金する方法がうまくいかなかったのかもしれない.先の「ウルティマ オンライン」と違って,「PAW」はブラウザをダウンロードするのも,サイバー空間にアクセスするのも無料だったので,ソニーとしてはお金が出ていくばかりで,ビジネスに発展させる方法を確立できなかったのでしょう.
 この手の仮想空間のシステムって(「Habitat」の頃に遡ってもそうなのですが),ある一定数の固定客は付く.そういう仮想空間を面白がって,他のユーザーとチャットしたりして触れ合うようなコアなマニアは現われるけれど,一般層にまでは広がっていかない.新規ユーザーがなかなか増えないという問題を抱えてしまい,それでプロジェクトが打ち切りになってしまうのでしょう.

《SoundCreatures》/ARTLAB'98 〜《LivingWebBrowser》/「アート.ビット コレクション展」 江渡:僕の活動歴に話を戻しますと,98年にキヤノン・アートラボで《SoundCreatures》[※10]という作品を作りました.これは《RemotePiano》の発展系で,音の空間を仮想空間に繋げることで,現実世界と仮想空間を融合するものです.
 その後は,いわゆるオンラインゲーム方面は十分にマーケットができてしまったし,VRMLブラウザのプロジェクトも潰れてしまったし……僕はいったい何をやるんだろう,と思っていました.それで,記憶を過去に遡ってみて,それこそ「A Gopher in a Forest」のときのような感動をもう一度発見できないだろうかと考えました.そして2002年,WWWのような既存の仮想空間を,違った形で見せようというアイディアをもとに,《LivingWebBrowser》[※11]という作品を作りました.
 ウェブブラウザのなかに表示された文字や画像の構造だけを取り出して,その構造を抽象的な絵画のような形に変形して見せる.さらに,それをクリックすると,また別のページが表示される.ウェブブラウザというものを抽象的な図形の集合で表現するという試みでした.
 また,この2002年には,ICCで「アート.ビット コレクション展」が開催されて,ソフトウェアでできたアート作品のコレクションを色々と集めてきて展示しました.自分にとっても,あれがひとつの区切りになりましたね.というのも,その後僕は国際メディア研究財団を離れて,2002年の秋から産業技術総合研究所に移ったからです.国際メディア研究財団の在籍時には,作品制作をメインの仕事にすることができたのですが,さすがに産業技術総合研究所でそれをやるわけにいかない.なので,しばらくは実用的なシステムなどに目を向け,漢字の研究などにも取り組んでいました.Wikiに着目したのもその頃ですね.2003年頃,Wikiというシステムが非常に面白くて,それを独自の発想で作ってみようと思い,「qwikWeb」(http://qwik.jp/[※12]を開発しました.そんな感じで,しばらくは実用的なシステムにフォーカスしていた時期が続きました.

《Modulobe》  2004年に《Modulobe》[※13]を始めることになったのは,実を言うと前述の「アート.ビット コレクション展」がきっかけなんです.そのときに「パネキット」(Panekit)[※14]というゲームの作者である渡辺訓章さんと知り合って,彼がフリーランスになるというので「じゃあいっしょに何かやりましょう」という話になったんです.それでアイディアを出し合って作ったのが,この《Modulobe》です.
 「パネキット」は車やジェット機などの乗り物を作って遊ぶゲームだったのですが,その作者である渡辺さんとしては,同じようなことをまた繰り返しても仕方がない.なので,今度は生き物みたいなものを作るシステムができないか,と考えていました.それで,ブロックの組み合わせで一種の仮想生物を作れるシステムとして《Modulobe》を開発したのです.
 画面上で色々な生き物を作って,それを皆が「Modulobe Model Gallery」(http://models.modulobe.com/)に登録して公開しているじゃないですか.創造性豊かな表現がそこに集まってきていますよね.そういうふうに各自がモニタ上で作ったモデルを登録して,ウェブ上で共有する仕組みを同時に作りたかったので,そのための専用サイトもシステム公開当初から提供していました.

──そこにはWiki的な発想も入っていますね.

江渡:ある意味ではそうですね.そのとき意識していたのは「再利用の仕組みをちゃんと考えよう」ということです.ある人が作った創造性豊かなモデルがあるとする.でも,すべての人がゼロからモデルを作り上げられるわけではない.すでにあるモデルを改造するだけ……とか,他のモデルのパーツを組み合わせて新しいものを作る……とか,そういった再利用における創造性を重視していました.そうした再利用の際,どのモデルを使うと新しいものができるのかをウェブブラウザ上で可視化しました.そういう「再利用を促進する」という意味では,たしかにWiki的な発想の影響を受けていますね.

──系統図みたいなものができるのが,面白いですよね.何から始まって,どういうふうに変わっていったかが分かるような…….

江渡:はい.そこで三次元空間でシミュレーションモデルを作ることに取り組んだのですが,そのときは,同時にアクセスしている他のユーザーとのコミュニケーションはあえて考えませんでした.それは「共時性の問題」があって……同時にアクセスしているユーザーとのコミュニケーションは,結局チャットにしかならない.また,実際にアクセスしてみたらユーザーは自分ひとりだけ,ということも生じやすい.なので,いろんなユーザーが時間をかけて取り組んだものがアーカイヴとしてウェブ上に蓄積されてゆき,それらと触れ合うことができる方向へと持っていきました.ユーザーは過去の創作の集合を目にして,自分なりに新しいものをそこにつけ加えてアップロードしていける仕組みを作ったわけです.いわば「CGM」(Consumer Generated Media)に近い考え方ですね.いわゆるオンラインゲームのように同時性を強調したシステムには,あえてしませんでした.

──前回の濱野さんとの研究会のとき,メタバースの持つ可能性の方向を大まかに分けるとすれば「コンテンツか,コミュニケーションか?」という二つの方向になるのでは……という話が最後の方に出ました.コンテンツ系の代表としては「YouTube」や「ニコニコ動画」があり,コミュニケーション系といえば,ミクシィのようなSNSがある.で,共時性がどうしても必要になってくるのは,やはりコミュニケーション系だと.マルチプレイのゲームもある種,コミュニケーション系ですよね.ゲームとかTwitter,チャットみたいなものは,どうしても時間や時制に縛られてしまう.そうならないためには,コンテンツ系に振るしかない.そこで,時間軸をコンテンツのなかに盛り込むことで成功したのが「ニコニコ動画」だった.ひとつの映像の時間軸に,各ユーザーのアクセスする時間を合わせていけばいいので,いつでも再生可能だし,さらにそこでは(コメント表示を通じて)擬似的に共時性を感じることができる.
 《Modulobe》のようなシステムでも似たようなことができるのではないでしょうか? ニコニコ動画の場合,映像がひとつの時間軸になっていたのと同様に,たとえば仮想生物の成長過程を時間軸に見立てることができるかもしれない.あくまでも素人の考えなのですが.つまり《Modulobe》のなかにコミュニケーションの要素を盛り込むことができるのではないかと思ったのですが…….

江渡:モデルそのものに作者のコメントを埋め込むことはできます.ウェブサイトにモデルを投稿すると,ウェブ上にコメントが表示されるようになっています.

──《Modulobe》を介して,ユーザー同士がコミュニケーションをできるわけではない?

江渡:ウェブブラウザ上に作者や閲覧者がコメントを残してやりとりをする,というような形ではあります.だけど《Modulobe》というアプリケーション自体には,メッセージを表示する機能はありません.

──今後,《Modulobe》をさらに展開させていこうという予定は?

江渡:展開させていこうという予定はあります.もちろん仮想空間的なものに発展させていきたいという意思もあるのですが……下手にやっても面白くない.どうすれば皆に楽しんでもらえるか,けっこう真剣に悩んでいます.

[※10]《SoundCreatures》:
http://eto.com/1998/SoundCreatures/index.html
[※11]《LivingWebBrowser》:
http://eto.com/2002/LivingWebBrowser/
[※12]qwikWeb:メーリングリストとWikiを組み合わせたコミュニケーションシステム.メールを送るだけでWikiサイトを作ることができ,またメーリングリストに送られたメールは自動的にWikiページになる.アクセスはメーリングリストの参加者だけに限られるため,グループ内部の情報のやりとりに適している. [※13]《Modulobe》:モジュールと呼ばれる部品を組み合わせて,仮想生物を簡単に作れる物理シミュレーション・システム http://www.modulobe.com/ [※14]「パネキット」:ソニー・コンピュータエンタテインメントが1999年に発売したプレイステーション用シミュレーションゲームソフト.様々なパーツを組み合わせて車や飛行機などのモデルを作り,ゲーム内に設置されたフィールドで動かして遊ぶ.キャッチフレーズは「無限工作おもちゃ箱」.