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ICC メタバース・プロジェクト
エキソニモ(千房けん輔/赤岩やえ)×ドミニク・チェン「仮想空間のリアリティとは」 聞き手:畠中実(ICC学芸員)
エキソニモ(千房けん輔/赤岩やえ)×ドミニク・チェン
ミラーワールドとメタバース

──以前,エキソニモとドミニクさんのお二方が共同でひとつの仮想空間的な作品を作るというプランがあるとうかがいました.ドミニクさんは,実際にセカンドライフを利用されていた時期もありましたよね.

ドミニク:はい,一時期は住んでいました.今はもういませんが…….

──そういった,ご自身のセカンドライフ体験なども含めて,メタバースの問題点や可能性について語っていただけたらと思います.

ドミニク:コンピュータ・ゲームの中で描かれる空間も,どんどんリアル指向になっていますよね.最近のMMO(MMORPG:多人数同時参加型オンラインRPG)の潮流で言いますと……「Garry's MOD」は先の「ハーフライフ2」[※01]のソースエンジンを使ったMOD[※02]で,物理演算が一段とリアルになったことがエポックメイキングな話題となりました.例えばそのゲーム内空間でボールを転がすと,現実空間のようにリアルな挙動で転がっていく.
 同じFPS(First Person Shooting:ファーストパーソン・シューティングゲーム)の界隈で言うと,「バトルフィールド」(Battlefield)という有名なシリーズがあって,近未来や第二次世界大戦中に行ったりするのだけど,その最新作の「バトルフィールド バッド カンパニー」(Battlefield: Bad Company,BFBC)では,物理演算プラス,ゲーム内の環境=マップ上にある金網や樹木,建物といったあらゆるオブジェクトが銃撃や砲撃で破壊できるようになっている.いままでだと,マップ上の建物や壁,あるいは地面といった部分へインタラクトしようとしても不可能だったけれど,「〜バッド カンパニー」ではそれができる.
 そんなわけで,とにかく今は,よりリアルなレンダリングを実現する志向性がゲームの世界でもある.ゲームの方が目的ドリブンで世界が狭い分,セカンドライフよりも断然いい物理エンジンを使っていて,身体感覚もよりリアルに感じられる潮流がある.とにかく欧米に目を向けると,どんどんリアルになっていく傾向がありますね.そこでメタバースっていったい何なのか,という話を考えるもうひとつの傾向として,ミラーワールドという考え方を引き合いに出してみたいと思います.

 90年代初頭にイェール大学のデヴィッド・ゲランターという学者が「ミラーワールド」という発想を提唱します[※03].メタバースとミラーワールドはどう違うかというと,まずメタバースというのは,基本的に目の前にある現実世界とは関係のない「ここではないどこかの世界」をネットワーク上に作り出すもので,セカンドライフなどのコンシューマ向けのメタバース・サーヴィスがそちら側に分類されます.で,もう一方のミラーワールドとは何なのかというと,現実の地理空間を忠実に再現して生活に役立てるという思想です.「Google Earth」というのはその最も象徴的な実現例ですよね.あれは現実世界をネット空間内に忠実にミラーリングする発想ですが,この発想をミラーワールドと呼んでいます.
 そして,いわゆるメタバースが「セカンドライフ・バブル」みたいなもので一気にピークを迎えて次第に衰退していっている現在,ミラーワールド的な方向性のもつ拡張性のほうに,むしろ可能性があるのではないかと思います.現にGoogle Earthはどんどん拡張されていっています.だけど面白いのは,メタバース系の人はミラーワールドとリンクすることに,あまり興味を示さない.でもグーグルは,Google Earth上にヴァーチュアルモデルとかをCGM(Consumer Generated Media)的に置いていくことをどんどんやってくれ,と言っている[※04].この延長線上に,昨今AR(Augmented Reality=拡張現実)として注目されている世界があり,両者は次第に融合していく気がします.そういえば一昨日もiPhoneアプリケーションの「セカイカメラ」[※05]が発表されましたよね.

千房:ARは最近流行っているので,僕もちょっと研究してみたけれど,どうだろうなあ…….例えば『電脳コイル』[※06]を見たときに,なんか古風な感じがしたんですよね.実際の空間にマッピングされていくのは,新しい体験な感じはするけれど.結局ARって,映像の中の現実にマッピングしているじゃない? 一度,映像を経由しているぶん,ちょっと「遠い」感じがしてしまう.

ドミニク:『電脳コイル』はたしかに古いというか,退行している感じがする.つまり『攻殻機動隊』みたいな世界をよりポップにして,登場人物を小学生にしてドラえもん化した……というか,「なんでサッチー[※07]が物理空間を動かなきゃいけないの?」とか(笑).ちょっとコンピュータを知っている人にとっては,ツッコミどころが満載.それでもブームにはなりましたよね.

千房:電脳空間の捉え方がちょっと古い感じがした.現実にオーヴァーラップすると距離が生まれるというか……例えば情報の世界だったら,もともとその必然性はないわけだし.

ドミニク:空間や時間の距離を無視できるのが,情報世界の特徴だからね.

千房:そこで「メタバースの何が問題なのか?」を改めて考えたとき,現実空間の距離や位置関係,物質性などを,わざわざその中で再現していることなのかもしれない.せっかく情報世界に入ったのに,また現実世界のほうに後退している気がしちゃう.

赤岩:物理的な空間もそうだけど,人間関係もそうなっちゃう.それって,アヴァターのせいだと思う.例えば(メタバース内で)初めて出会った人と「こんにちは」からスタートしなければならない.そこには道徳やマナーも入ってくる.でも「ニコニコ動画」とかは,そういうのがない.「こんにちは」なんて言わないで,人とのコミュニケーションを現実世界とは全然違う距離感で始められる.そういうところがメタバースだと(現実世界と同様に)面倒というか,手間がかかるところがある.

[※01]「ハーフライフ2」(Half-Life 2):米Valve Software社によって開発された,PC用一人称視点シューティングゲーム「ハーフライフ」の続編. [※02]MOD(モッド):正式名称は "Modification".元のゲームのゲームエンジンを用いて作られた,全く新しいサードパーティー製ゲームのこと. [※03]90年代初頭に……「ミラーワールド」という発想を提唱します:”Mirror Worlds: or the Day Software Puts the Universe in a Shoebox...How It Will Happen and What It Will Mean” (1992) [ドミニク] [※04]でもグーグルは,Google Earth上に……どんどんやってくれ,と言っている:参考⇒「MIT Tech Review "Second Earth"」(http://www.techn
ologyreview.com/
communications/
18911/?a=f) [ドミニク]
[※05]「セカイカメラ」:究極のWYSIWYG(What You See Is What You Get)を実現するiPhoneアプリケーション.iPhoneのセカイカメラごしに日常のある場所を見ると,他の誰かがそこに残した情報が浮かび上がってくる.つまり,iPhone の画面を通じて見えるものが,そのまま自分の情報として得られるというもの.参考⇒「セカイカメラの世界観──Air Tagging The RealWorld」(http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20380981,00.htm [※06]『電脳コイル』:磯光雄原案のテレビアニメ作品,並びに,同作品に登場する現象の名称.公式サイト⇒https://www.tokuma.co.jp/coil/ [※07]サッチー:『電脳コイル』に登場するパトロール・ロボットの名称. [ドミニク]