eナントカに ITうんちゃらについての断想

ここでもまた,すでに兆候は見えていた.1990年代の頭には,華開くマルチメディア産業の中心になるのがどこかについて,いろいろな憶測がなされた.シリコンバレーだろうか? ロサンゼルスだろうか?1996年までに,答ははっきりしてた.勝ったのは__マンハッタンだった.都市の密度のおかげで,じつは本質的で不可欠だった,近接したフェイス・トゥ・フェイスのやりとりがしやすかったからだ.」[★2]

なるほどなるほど.クルーグマンの主張は(いつもながら)まったく正しい.......ただし,いまのドット・コム企業にこれはあてはまるのだろうか.  冒頭で触れたスペクター『アマゾン・ドット・コム』には,どうしてアマゾンがシアトルに立地することに決めたかについて,簡単な記述がある.シアトルには,マイクロソフトもあるしワシントン大学もあるし,プログラマ人材の集積がきわめて高かったからだ,というのが,筆頭に挙がっている理由だった.さらにスターバックスをはじめとする新しい小売業のモデル企業があったから,という理由も挙がっているけれど,新しい小売業ビジネス・モデルが集積していたところでメリットがあるとは考えられない(投資家へのアクセス,というのはかろうじてあるかもしれないけれど)ので,これはとりあえず無視.そしてもう一つ挙がっている理由は,それが書籍流通の大手取次倉庫に近かったから,というものだ.

しかしもしプログラマが欲しいだけなら,Linuxをはじめとする各種オープンソース・ソフトの例を見るまでもなく,必ずしもシアトルに行く必要はなかったわけだ.一部のプログラマやシステム管理作業は,実際に物理的にサーバに近いところにいたほうが便利な場合もある.実際にマシンの働きを確認しながら各種の操作をする,とか.でも,それは決定的なことではない.それにサーバそのものも,ネットワークさえあれば(これが重要かもしれない.そう,ネットワークさえあれば)別に都市部にある必要はない.

さらにそれ以外の部分でも,アマゾンがシアトルにいる必要はあったか? 『アマゾン・ドット・コム』を読んでいても,その後彼らがやっている仕事というのは,決してシアトルにいる必要があるものではない.注文とって,本を運んできて,袋詰めして発送するだけだ.クルーグマンが指摘しているような,フェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションが必要な作業というのは一切ない.

もちろん,都心の一等地にオフィスをかまえるITベンチャーというのは,それはそれで例外的な存在なのかもしれない.多くのeビジネスは,オフィス賃料をなるべく安くあげたいと言ってはいるし,ちょっとはずれの立地を選んだりしてはいる.しかし一方で,それがかなり賃料の高い地域に集積してきているのも事実だ.

これは一方で,こうしたドット・コム企業やeナントカが,一時的にあぶく銭をたくさん持っていて,浮かれてバブリーなまねをしているからだ,という説は非常に根強いのだけれど,多分それだけではない.おそらくサイバーなんとかでも,なんとかエージェントでもいいのだけれど,彼らのやっている事業を見たとき,その基本は営業だ.バナー広告を他の企業に売り込んだり,という作業.このためには当然,それに対応した立地が必要になってくる.他の企業が集積しているところが有利になってくるのだが__これは従来型企業の制約条件とまったく同じになってくる.すると結局,ネットなんとかもeカンタラも,やっていることは既存企業とほとんど変わらないという結果になるだろう.

さらにもちろん,アマゾン・コムはじつは巨大なディスカウント物流業だ,という側面が強くて,むしろそっちがメインの強みだ,というのは『アマゾン・ドット・コム』解説に書いたとおり.アマゾンは自分の倉庫は見せてくれないのだけれど,最近ドイツに同じようなオンライン書籍通販業者が登場してきて(http://www. bertelsmann.de/),かれらは倉庫を見せてくれる.もう流れ作業のただの工場で,eもネットも全然関係なし.日本ブーズ・アレン・アンド・ハミルトンEビジネス戦略グループ編『Eビジネス 勝者の戦略』(東洋経済新報社,2000)27ページに写真が出ているので,見ておくといいだろう.


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