情報は自由を求めている

デジタル情報のジレンマ

ナプスター自体は数百キロバイト程度の小さなものだが,マーク・アンドリーセン(ネットスケープの開発者)が言うように,これはインターネットの世界でウェブ・ブラウザ以来最も重要な技術革新である.なにしろ,これさえあればウェブ・サーバなしで,パソコンから直接,世界に情報を送れるのだ.

これはインターネットの初期の主な用途だったftp(ファイルの転送プロトコル)のパソコン版とも言える.ナプスターが著作権侵害を「幇助」しているとすれば,ftpもウェブ(WWW)も同じだ.もしもインターネットが国際機関の協議でつくられていたら,業界団体の反対でつぶされていただろう.それは国家や企業の目の届かないところでゲリラ的に増殖し,気づいたときにはつぶせないほど巨大な存在となっていたのである.

この葛藤は,コンテンツが単純なテキストであるうちはあまり大きくなかったが,インターネットに音楽や映像が載るようになって深刻な問題となってきた.最初は,ウェブ上のMP3ファイルを検索するmp3.comなどのサイトがレコード業界に訴えられたが,和解交渉が進んでいるうちに,ナプスターの登録ユーザーが2000万人に達し,主役の座を奪ってしまった.

それでもナプスターの場合には,裁判で検索サーバを差し止めることが可能だが,最近現われたグヌーテラ[★2],フリーネット[★3]などのファイル交換ソフトでは,端末から端末に情報を直接リレーして検索し,ユーザーも匿名にできるため,もはや訴訟の対象が存在しない.インターネットは,法律の及ばない超分散型のネットワークに姿を変えようとしている.

情報の内容はコピーしても変わらないから,いったん生産された情報は多くの人々が共有するほど価値を増す.アナログ情報は,本やレコードのようなかたちで市場で取引できるが,これは実際には紙や塩化ビニールなどのモノを取引しているだけだ.情報がデジタル化され,自由にコピーできるようになると,情報を物理的な媒体で囲い込むのはむずかしく,コピーして共有することが容易になる

さらにインターネットでは,膨大な情報が流通しているから,情報にカネを払う人は少ない.経済学の教科書に書いてあるように,供給が常に需要を上回る「自由財(free goods)」の価格はゼロになる.例えば空気は,それが生存にとっていかに重要であっても,供給が不足しない限り,価格はつかない.インターネットでは,その元祖スチュワート・ブランドの有名なことばのとおり,「情報は自由(無料)を求めている(The information wants to be free)」のである

しかし,すべての情報が無料になったらどうなるのか.メタリカのラース・アルリックは,議会の公聴会で「音楽がすべて無料でダウンロードできるようになったら,ミュージシャンは飢え死にしてしまう」と訴えた.RIAAによれば,ナプスターの普及している大学のそばのレコード店では,CDの売り上げが2割ほど落ちているという.

かつてレンタル・レコード屋が急速に増えたとき,音楽産業は深刻な不況におちいった.CDの登場によってオリジナルの音質が上がったため,音楽産業は復活したが,MP3などのデジタル録音技術によって,ふたたびレンタル・レコードのときのような状態になることを業界は恐れている.


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