IT革命に賭ける

目の前の坂道を登る――先のことは考えない

――松本さんは,トップで名門進学校の開成中学に入学し,東大法学部を卒業したにもかかわらず,学歴の通じない実力主義の外資系企業であるソロモン・ブラーズ・アジア証券に就職されました.当時,ソロモン・ブラーズ・アジア証券はまだ日本支店を開いたばかりで,仮に日本から撤退しても不思議はない状況だったと思います.いまでこそ大企業の学歴主義・終身雇用という幻想もかなり色あせましたが,それが完全に信じられ学習塾が大繁盛していた当時,せっかくの学歴があまり意味をもたず,撤退リスクや解雇のリスクもある外資に敢えて飛び込んだ理由は?

松本──でも逆に,役所や日本の大きな企業に行った場合には,上司に恵まれないとか,とんでもないコネをもっている人が近くにいるとか,自分とは関係のない不可抗力によって自分のキャリアや人生に影響を受ける可能性が十分あります.外資系の金融機関には,そういう可能性がすごく少ないのです.そのほうが,私にとっては,ある意味で安全です.別に奇をてらったつもりはなくて,どちらかというと消去法で,よりリスクの少ないほうを選んだつもりです.当時は,役所とか日本の企業に行くほうが,私にとってはリスクが高いと思えました.

――巨額のプレミアム報酬を伴うIPOの直前にゴールドマン・サックスのゼネラル・パートナーを辞職するなど,お金にあまり執着がないようにお見受けしますが,その松本さんが,なぜ金融を選ばれたのですか?

松本──いろいろなビジネスには景気など波があります.その波がぐんと下がるときや上がるときは楽しいのかもしれませんが,高原状態とか停止状態のときはつまらないわけです.波の波長が例えば20年や50年であれば,その会社に一生勤めて1回か2回しか波に出会わないわけで,すごくつまらないと思いました.一方で金融とは,世の中にいろいろな波を持った会社がある中で,波の上のほうにある会社と,波の下のほうにいる会社とのあいだを取り持ってあげる仕事だと思います.絶好調のときの会社と絶不調のときの会社のあいだに入って資金調達してあげたり提携させてあげたりします.そういう仕事はおそらく通常の会社に比べて会社自体の変化が激しいはずです.波の周期が長すぎずに常に何かがある.そういうところのほうが勉強になり,自分に合っているのではないかと思ったのです.それが金融を選んだ理由です.

──美味しい料理を食べてもらうことに喜びを見出す料理人のように,自分のお金儲けよりも,お金を正しく世の中に流通させることが嬉しいわけですね.

松本──そうかもしれませんね.自分が喜ぶより,人の喜ぶ顔のほうが好きですね

──金融業最初の広告業兼営,ポイント制の導入など,柔軟な発想はどうやって?

松本──雑誌が好きで,毎週2回くらいは本屋に行っていろいろな雑誌を立ち読みします.完全に雑食で,いわゆる週刊誌や,車の雑誌,パソコン誌,経済誌など何でもありです.柔軟かどうかはわかりませんが,いろんな発想はそういうところから沸いてくるような気がします.

──日頃の生活は?

松本──生活というより,毎日だいたい朝7時から夜中の1時くらいまで仕事をしています.休日もだいたい仕事漬けで,昨日の日曜日も結局朝4時まで働いていました.今朝は2時間しか寝ていません.睡眠は平均4時間半くらいです.寝てないので肉体的には辛いです.ソロモン・ブラザーズ・アジア証券入社以来,ずっとこういうペースで仕事をしています. 1日にeメールは200−300通くらい目を通し,60通くらい書いています.

──そこまでやられる,エネルギーの源泉は?

松本──好奇心でしょうね.周りのスタッフに支えられています.基本的に仕事が好きです.いろんな人とコミュニケーションをすることで,疲れを忘れてさらに楽しく働いてしまう,といった感じでしょうか.

──仕事以外には? 健康法とか......

松本――健康法としては運動をしないこととお酒を飲むこと(笑)くらいです.好きな作家は阿佐田哲也,音楽はマーラーです.

――将来の夢は?

松本──ないですね.ゼロかと言われると情けないものがありますが,あまりないですね. そのとき目の前にあることを一所懸命にやるだけです.山を登っていて,頂上のことを考える人もいると思いますが,私はそうではなくて目の前の坂道を登ることだけを考えています. そうすることで心がピュアでいられるし,ニュートラルでいられるのです.あまり先のことを考えるとその尺度で現在を見てしまいますが,単に毎日毎日をやっていると,いろいろなことに興味が持てるのです. まあ,単純なんです.でも一方ではリスク・コンシャスな部分があって,ニュートラルでいないと怖い,という潜在意識があるのかもしれませんけど.

[2000年7月3日]


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