山口勝弘インタヴュー/教育のアヴァンギャルド

大学はテーマパークになっていく

 かつて実験工房の頃に,ソニーの前身の東京通信工業で「オートスライド」[★16]をつくったことがあるんです.初めて企業でどういうことができるのかと期待したのですが,企業のなかでも新しい分野なり,新しい方法で製品をつくろうとする動きがであったんです.それはいまでもあると思います.ところが,一つの社会的な組織として商法に縛られて自由化の競争のなかでやっていくうちに,だんだんワークショップ精神みたいなものがなくなってしまって,気がついたら他の企業にやられたという例がよくあります.大学もまったく同じです.やはり大学のなかに身をおいているということは,一つの組織のなかに生きているのだけれども同時に芸術家として作品を発表し,社会的なつながりもそのなかで動いている部分があって,僕は一種の両生類みたいなことで過ごしてきました.例えば瀧口修造[★17]さんが最初に僕のガラスの作品を,絵画として呼びきれないものであるというので,《ヴィトリーヌ》[★18]という名前を特別に考えてくれたのですが,この作品は少なくとも二つの分野を含んでいて,絵画的な要素もあるしオブジェ的な要素もある.そうすると絵画として見られないで済む,かといってオブジェとしても見られないで済むということです.それは教師として見られないで済むというのと芸術家として見られないで済むということを可能にする唯一の手段なのです.そのようにやってきたのが僕の人生のかなりな部分を占めています.それはいまでも変わりません.ほかの人があまりそういう方法で生きつづけることができなければ,僕ぐらいはそうやっていてもよいのではないかという気がしています.

 ある意味で言えば,教育者である以前につくり手であって知的な運動があるわけです.言葉的にはアヴァンギャルドということになりますね.アヴァンギャルドというのはやはり運動体なんです.それは誇りをもっていいと思います.だから教育の現場にもある程度そういうものがなければ,やはり教育の方法論も壊れていくし,大学そのものも老朽化してくるということはあると思います.

 にもかかわらず,一応大学に籍をおいて,その責任をある程度果たしながら,しかもアヴァンギャルドでいるというのは非常に難しいことでもあるのです.マルチメディア社会の教育にむしろ求められるべきは,そうした教育者の姿勢だと思います.マルチメディアという一括りで世の中を了解したようなつもりでいると,とんでもない落とし穴に落ち込んでいきます.芸術とか文化のなかでマルチメディアを唱えようとしたときに必ずそういう危険性というのはあると思うのです.だからそれに注意することが大事なことです.マルチメディアというのは教育だけではなくて,アーティストにとっても非常に危険な手がかりなんです.それを十分にわかっている人がいれば,大丈夫です.

 じつは,今回の展覧会(「電脳影絵遊戯−夢遊桃源図−山口勝弘」展,東京・佐谷画廊,9月17日−10月16日)で発表した作品のテーマがたまたま桃源郷なのだけれども,大学がこれからマルチメディア時代のテーマパークになっていくという持論もあるんです.大学だけが社会から切り離された独自の社会的存在であることが許されなくなってきますし,大学自体が予算的にももちきれないと思うのです.それならいっそのことマルチメディア時代のテーマパークになってしまえばいいのだというくらい割り切って,もう一度教育というもの,メディアというものを考え直し,いま現在の近代の在り方というのを考え直す必要があるのではないかとつくづく思うのです.

 例えば,木場の東京都現代美術館のまわりの公園はマルチメディアのテーマパークにして,そのなかの美術館という位置づけで生きのびる方法が一つあると思います.磯崎新さんのつくった奈義MOCAなんかも主として美術館だけで自立しようとしているけれども,あそこもテーマパークのなかに学校的な機能をつくって,そこの付属美術館にしたほうがいい.だから今秋,東京芸術大学が美術館をつくりましたが,あれだけの歴史的資産があってはじめて可能なのだろうけれども,入場料は1000円もとる.上野という交通の便も良く文化施設の集積地ですから,大学に美術館があってもいいと思います.だからいっそのこと大学をテーマパークにしてしまって,美術館は発表の場というふうにする.ことほどさように,もう少し視点を変えていかないと,いままでの視点を踏襲してもトートロジーであって,答えは発展的ではないと思います.マルチメディアもそうだと思うのです.マルチメディアというのは桃源郷であって,テーマパークなのだというふうにつくってしまおうと拡大解釈していくと,少しは違ったヴィジョンが生まれるのではないかという気がするんです.


やまぐち・かつひろ
1928年東京都生まれ.
日本大学法学部卒業.
筑波大学芸術学系教授,神戸芸術工科大学視覚情報デザイン学科教授を経て,現在,環境芸術メディアセンター代表および筑波大学名誉教授,神戸芸術工科大学名誉教授.
51年に北代省三,武満徹らと「実験工房」を結成.
93年「第14回ロカルノ国際ヴィデオアート・フェスティヴァル」ヨーロッパ委員会名誉賞,ならびにグループOPERAとの共演に対してロカルノ市グランプリを受賞.
96年東京オペラシティのガレリアにサウンド・インスタレーション《音の気配》を制作.
99年秋には大阪市および台湾台北市でパブリック・アート作品が完成する予定.
造形から光,映像,音響まで幅広いメディアを駆使した環境デザインを行なっている.

前のページへleft right目次ページへ