ICC Report

AOYAMA & TAKEMURA

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新たな文化・社会の情報基盤としての次世代インターネット

青山友紀武邑光裕
AOYAMA Tomonori and TAKEMURA Mitsuhiro



次世代インターネットとは?

青山――最近「次世代インターネット」という言葉をよく耳にしますが,このキーワードには使う人によってさまざまな内容を含んでいますので,まずそれを技術的側面から概観してみようと思います.米国はインターネットの技術とそのビジネスで世界をリードすることによって現在の未曾有の繁栄を享受しており,21世紀においても米国がインターネットをリードする,という戦略のもとにクリントン政府は「NGI(Next Generation Internet=次世代インターネット計画)」を推進し,また,百数十校の米国主要大学が連合して「インターネット2」プロジェクトを推進しています.
これらの官と学のプロジェクトとならんで当然産業界は明日のインターネットの競争に打ち勝つべくシリコン・ヴァレーを中心に激烈な開発競争を繰り広げております.この官と学のプロジェクトはギガビット/秒(Gbps)クラスの高速ネットワーク・テストベッドを構築し,そのうえで新しいプロトコル,テラビット/秒(Tbps)クラスの超高速ルーター,それらを用いる新しいアプリケーションなどの開発を推進しています[★1].

 次世代インターネットと言えばまずこの二つのプロジェクトが思い浮かびます.
これらのプロジェクトの目指すところは,現行のインターネットでは十分な機能・性能が得られない部分を改善し,21世紀初頭のマルチメディア情報の情報流通インフラとして発展させることにあり,おおむね2−4年先にはビジネスとして利用できることを目指していると考えられます.

 例えば,現在のインターネットではテレビや映画などのリアルタイム広帯域情報(これをストリーム・メディアと言う)を品質よく転送することが困難です.また,実用化が目前に迫っているデジタル放送やデジタル・ムーヴィーをインターネットで多くの受信者に配信することも困難です.これらを可能にするにはインターネット上で多様な情報を複数のQoS(Quality of Service=サーヴィス品質)で提供するためのプロトコル(Diff-servやInt-servと呼ばれる方式が研究されています),一つの発信源から多数の受信者に情報を配信するプロトコル(IP Multicastと呼ばれます)などが必要になります.また,NGIやインターネット2では現在のインターネットの100倍とか1000倍のスピードを目標にしておりますが,そのためにはバックボーン・ネットワークの帯域とパケットをルーティングするルーターの性能を2,3桁上げる必要があります.そのために複数の光波長を用いるWDM(Wavelength Division Multiplex)ネットワークやテラビット・ルーターなどの開発が行なわれています.さらにユーザーのモビリティをインターネットでどうやってサポートするかという課題も重要であり,Mobile IPというプロトコルも研究されております.

 これらの「明日のインターネット」を目指す研究開発が米国において着々と進められているのに対して,今日のインターネットの開発とその普及で遅れをとった日本の状況はどうかと申しますと,郵政省が平成10年度の補正予算を投じて構築した「ギガビット・ネットワーク」(JGN=Japan Gigabit Network)というNGIやインターネット2と遜色ない高速ネットワーク・テストベッドが稼動しはじめ,これを用いて,産・官・学の研究者が次世代インターネットに向けた研究開発を活発に推進しはじめたところです.

 さて,このような「明日のインターネット」あるいは「第2世代インターネット」の研究開発は世界レヴェルで進んでおりますが,そろそろ5−10年後を目指した「明後日のインターネット」あるいは「第3世代インターネット」とも呼ぶべきものを構想し,それに向けた研究プロジェクトを起こす時期にきております.第1および第2世代のインターネットに接続される端末はキーボード,ディスプレイ,プロセッサをもった,いわゆるパソコンのイメージのものが中心であります.パソコンであれば,インターネットに接続されるコンピュータの数はせいぜい全人口くらいが上限でしょう.しかし,10年先にはそのようなパソコンに加えて,家庭内の多くの電気製品,自動車,時計など身につける機器,屋内・屋外のセンサーや交通信号など,電気で動くあらゆる機器にIP機能(インターネット・プロトコルのパケットで送受信する機能)が搭載され,人間はそれらの膨大な機器からさまざまなサーヴィスを受けたり,それらをコントロールしたりする状況が想定されます.

 この場合,インターネットに接続される端末数は全人口の1桁も2桁も上になるでしょう.またユーザーが利用する機器もオフィスに設置した超高性能のワークステーションから,道端に埋め込まれ,身体の不自由な人や高齢者をガイドする単機能で省電力の機器まで,ものすごくヴァラエティに富んだものになるでしょう.端末に接続するアクセス線も光ファイバーから同軸ケーブル,無線,衛星,電力線,赤外線などあらゆる利用可能な媒体が用いられるでしょう.そのような「へテロジニアスなネットワーク環境」で「シームレスにサーヴィスを受ける」ことが望まれます.提供されるサーヴィスの種類も膨大になると,われわれがある場所に来たとき,そこでどのようなサーヴィスが受けられるのかネットワークが教えてくれる必要があります.そのための「サーヴィス発見機能」が必要になりますし,そのなかでユーザーが希望するサーヴィスをそのネットワーク環境において「最適なサーヴィス品質」で提供できる動的な自己組織型ネットワークが必要となるでしょう.

 また,現在は電話,電子メール,ホームページのアクセスで全部違う番号(アドレス体系)を使い分ける必要がありますし,いちいちそのサーヴィスを異なるやり方で起動させてやらなければなりません.こんな複雑なことが70歳や80歳の高齢者,あるいは身体が不自由な人たちにできるでしょうか.そこで各人の「パーソナルID番号」一つあれば,それですべてのサーヴィスが受けられるようにしないとだめだと思います.これを実現するには,このID番号を電子メールやウェブなどの「異なるアドレス体系に自動的に変換する機能」がネットワークに必要となります.以上のようなさまざまな要求条件を満足するにはネットワーク・アーキテクチャ,プロトコル,ネットワーキング機能・性能,ネーミング機能,セキュリティなどの点でいまのインターネットを抜本的に見直していかないとなりません.このような10年先を考えたいわば「N2GI(Next Next Generation Internet)」,あるいは「第3世代インターネット」の研究に取り組んでいくべき時期にきております.

 先に述べました第2世代インターネットの研究は米国が先陣を切っており,日本は産・官・学を挙げてそれを追従しようとしているところであります.一方,第3世代インターネットは個々の要素技術の研究が始まったところであり,全体構想を構築してプロジェクトを起こすことを日本が世界に先駆けて行なうことによって10年先には世界をリードできる可能性があります.また,高齢化社会を迎える日本に必要な高度な情報インフラを構築することはわが国の最も切実かつ重要な課題でしょう.この第3世代インターネットのプロジェクトを推進するには国の強力なサポートが必要であり,また学界が母体となって開発を推進しなければなりません.さいわい,学術振興会の未来開拓学術研究推進事業のなかにこれを目指すプロジェクトが設立され,また,郵政省では「スーパーインターネット」という構想を検討されているとうかがっており,さらに産業界でも経団連を中心に同様な提言を検討されているそうで,各方面の意識は高まりつつあります.私は学界の一員としてこの第3世代インターネットの研究に全力を捧げたいと考えているところです.次世代インターネットと言いましても,技術的側面を見るとこのようにさまざまな開発課題を抱えており,日本のリソースを結集して取り組むべきものだと思います.

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