新たな文化・社会の情報基盤としての次世代インターネット |
次世代ネット時代の「豊かさ」とは
武邑――いままでは産業社会のなかで余暇というのは,ある種の身体的な,時間的拘束や精神的拘束から離れて,家族や自分のための時間として必要だった.そういう意味で,「余暇」と「労働」の価値は,非常に明確にボーダーとして分かれていたと思うんです. ところがいま,私なんかはどちらかというと,その境界線がないんです.多分多くの知的生産とかコンテント生産だとか,ある種デジタル世界に関わっている人たちに共通していることだと思うんだけれども そういう意味で,文化というものがある意味で経済や産業の下部構造に存在していたような感覚,つまりお金がもうかったら文化に投資できるというような考え方は,もう完全にひっくりかえっていると思うんです.つまり文化を創造しない限り産業も経済もついてこない. この人たちはみんな苛酷な時間労働であっても,好きだからやる.デジタル文化に関わり,その生き方というものに深くコミットするから,職業として成立する.ただ,これをコントロールしているのは,数パーセントのデジタル・エスタブリッシュメントだという見解はあるにしても,多分文化の創出力が,国のこれからの大きな豊かさを決めていくんだと思うんです. 青山――「豊かさ」というとついついすごい豪邸に住んで,ハワイかどこかに遊びにいくというイメージがありますよね.ある日本人でシリコン・ヴァレーで成功された方がいて,スタンフォードのあたりをはるかに見下ろす太平洋側の丘の上のお城を購入して住んでいるのですが,何人かの人とそのお館に招かれたことがありました.とにかく見渡す限りの広大な敷地の中に部屋数も知れないほどのお城で,夜は照明のつく広いプールがあり,という夢のようなところです. 武邑――そうですね.最近,例えば年収1000万円とった人が,700万円,500万円になってでもNPOに入って活動するというアメリカ人って,すごく多いんですよ.NGOは,70年代とか80年代ぐらいには数百しかなかったのが,いまは主だったものだけでもう数千でしょう. 青山――そう. 武邑――そういう国を超えた,個人のある種の意識のネットワークとか自己実現のネットワークによって,国すらも動かしてしまう,そういう感応のネットワークが,人間そのものの旧来の価値体系からどんどん離陸していくことを加速させている. 青山――そう.だから,豊かさというのは定義によるんだけれども,充実して生活していることが豊かだとすれば,次世代インターネット,広く言えばインフォメーション・テクノロジーはそういう機会をどんどんわれわれに与えてくれるものだと思います.インターネット関連株で大儲けをするのも豊かになるのは間違いありませんが. 武邑――そうですね. 青山――人間というのは,自分で何かを発信しているというか,自分からアプローチしていく,自分で何かして社会からインタラクションがあって自分のプレゼンスを実感する,ヴォランティアで何かをやって自己の存在理由を実感する,というようなところで充実感,幸福感を感じる生き物で,それである程度余裕のある生活が送れる金が入ってくればそれで最高,と私は思ってしまう. 武邑――単一の価値観を規定してきた社会というものが,事実上ほとんど崩壊していますね.サイバースペースによって共有されている社会の機構を考えると,多分それは非常にわかりやすくなると思うんですね. 例えば別居したり離婚したり,いろんな人間たちの家族関係といったレヴェルでも,複合的な多様性を通過していくと,それぞれの価値観のなかで単一のテーマの人間関係があるよりは,複合化したプロセスのなかで生きてきたほうがよっぽど教訓的で,その人生を評価する部分があったりする.ところが一元的に何かが見通されてしまうと,旧来の価値観から出ていけないということでしょうね.そういう意味では,われわれの社会とか人間の価値観全体に大きなテーマを投げかけてきているのも,こういう情報通信技術だと思いますね. [1999年7月8日,東京大学] |
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