インターネットにおけるアート

3 新たなエコノミーを媒介する文化

 コレクションやアーカイヴ化は,ネット・アートを歴史的に定位していく意義を担っているが,それはあくまで二次的な価値であり,それに収斂されないアクチュアルなプロセス自体がネット・アートそしてネット・アクティヴィティにおける本領であることは言うまでもない.アンチ・コピーライト,情報の自由な流通や交換への動きが,「アート・ハッキティヴィズム」(Hack+Activismによる造語)として今年になって再燃しているが,それはnet.artが旧来のアートの文脈を受け容れはじめたことへの内部からの揺り戻しとして解釈できる.この言葉を生み出し扇動しているのは,ボローニャを拠点とするルーサー・ブリセット[★5]という架空の個人名をもつメディア・アクティヴィストの集合体で,そのサイトには,作者の承諾なしに海賊コピーをした「自由にダウンロード可能」なnet.art作品が収められている(http://www.0100101110101101.ORG).ダウンロードされたすべてのコピーが「オリジナル」であるため,もはやオリジナルも偽もないと挑発するブリセットは,6月9日にはオリア・リアリナの(販売のための)ネット・ギャラリーをクローン化し,そこに入っていたJODIやチョーシッチら複数の作品をミックスした奇妙な「ハイブリッド」作品を現在公開している(それに対しリアリナは,常に更新されるデータのみを唯一のオリジナル作品として反論している[★6]).容赦ないハッキティヴィズムによってフリー・コピーライトを推進するブリセットのねらいはしかし,net.artそしてネット・アート内部にとどまらない.それはデジタル・テクノロジーが社会にもたらす新たな可能性をより広い論争の場へともち込むことにある.

 ブリセットとは対極的とも言える方法をとりつつ情報の所有からシェアへ向かうヴィジョンを共有するのが,Linuxに代表されるオープンソースによるソフトウェアである.ソースコードを公開することによって,地域や使用対象に応じて種々のアプリケーションを世界中で生み出したLinuxは,拡張していくプロセスおよびプログラムがパブリックな資源として活用されるだけでなく,マイクロソフトやアップルなどの企業に独占された閉鎖的なOSを凌駕しうる新たなエコノミーを示唆している.新たなエコノミーとは,広義の意味ではコラボレーティヴな環境において生まれ共有される集合的「知」,つまり既存の経済システムには還元されえない情報の生成とその流通と言えるが,実際それによって波及的に生み出される経済の新たなフローとして考えられる.Linuxにおいては大手のメーカーから最初からこのOSを搭載したコンピュータが発売されるなど,このオープンソース環境をバックアップするマーケットが形成されはじめている.ライナス・トーバルズはLinuxによって今年のPrix Ars Electronicaのネット部門でGolden Nicaを受賞しているが,そのほかにもコラボレーティヴな研究プロジェクトがネット・アート以上にこのコンペティションで入賞していることは特筆すべきである.

 サスキア・サッセンは,企業などによって推進される「プライヴェートな」サイバースペースが「パブリックな」サイバースペースの構造を変えようとするなか,市民社会がそれに対抗する力となりつつあると述べているが[★7],わたしたちはまさに資本,労働,エコノミーをめぐるパブリックとプライヴェートとの闘いの渦中で,自律的な個人の連結によりパブリック・スフィアを新たなエコノミーへと開く必要に迫られている(ハキム・ベイの提唱する「非媒介主義」[★8]をインターネットにパラフレーズすれば,媒介主義がサイバースペースにおける独占管理を志向する旧来的な大企業,非媒介主義がパブリックなサイバースペースで実践されるボトムアップ的なネットワークとなるだろう).

 そのようなネットワークを推進する一つの実践として,アートとテクノロジーと連携したパブリック・プロジェクト「KULTURSERVER」がある.80年代末以降テレコミュニケーション・テクノロジーを駆使して数々のインタラクティヴ・プロジェクトを行なってきたアーティスト・グループ,ポントン・ヨーロピアン・メディア・アート・ラボが,ハノーヴァー市の支援によって実現させたこのサーバーは,インターネット上での地域住民のコミュニケーション・ボードとしてだけでなく,ホームページを簡単に作成できるソフトウェアの開発および無料配布など人々の自主的な発信を支援するメディアとして機能している.将来的にはここで流通する情報に対して支払われる対価による自主運営がめざされているというが,共有される「知」の提供者に敬意と謝礼を払うというこのシステムは,自律的なエコノミーの可能性の提案であり,イヴァン・イリッチ[★9]の言う「自律共働性」のインターネットにおける一つの実現形ともなっている.KULTURSERVERは,ハノーヴァーでの成功により,現在ベルリン,ハンブルクほか数地域で運営されている.

 米国と違って,ヨーロッパにおいて社会公共財や新たなエコノミーの創造という発想は決して新しいものではない.マルクスを継承しつつ今世紀初頭前後に現われた一種ユートピア的な社会思想――ゲオルク・ジンメル[★10]の有機的社会論やジャン・ガブリエル・タルド[★11]の知的生産の概念,またニコラ・テスラ[★12]におけるエネルギーの共有化など――は,少し後のバウハウスにおけるアートとテクノロジーの社会的公共性における連立というヴィジョンへと連綿と受け継がれている.そしてこれらのヴィジョンがインターネットというメディアを通して現在新たな可能性として再浮上しているのである.

 このようなユートピア的かつ実践のための開かれたデータスペースを,インターネットとインスタレーションを接続した環境上に開いてきたのがノウボティック・リサーチである.今回のヴェネツィア・ビエンナーレにおいて発表された《IO_DENCIES》の最新ヴァージョン「lavoro immateriale」では,非物質的な労働としての知的・創造的活動を経済的生産に連結されつつその本質的要因となるものとして注目し,その実現可能性を検討するためのインタラクティヴなデータベース=「クリエイティヴ・アクション・スペース」が設けられている.インターネットというメディアを媒介させたディスカーシヴな場が,非物質的な生産活動として機能するとともに経済的生産へも逆流していくというヴィジョンは,コラボレーターの一人でもある政治理論家のマウリツィオ・ラッツァラート[★13]がタルドやジンメルを援用しつつ述べている構想とも共振する.経済に文化が服従するのではなく,文化が経済を推進しうる新たなエコノミーへと媒介していくこと.それこそがインターネットにおいてアートが担うまなざしだと言えるのではないか.

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