オーストラリア,メルボルンを拠点に活動するパトリシア・ピッチニーニは,コンピュータを使用したデジタル・フォト,3Dコンピュータ・グラフィックスによる映像作品,インタラクティヴ・インスタレーション作品,CD-ROMなど多岐にわたる制作を行ない,近年は数多くの企画展に参加する新進アーティストである.
今回の展示作品《プラスティコロジー》は,その題名(プラスティック+エコロジー)が示すとおり,3Dコンピュータ・グラフィックスによって生成された人工の木々を52台のモニターによって構成し展示空間に人工の森を作り出すインスタレーションである.
しかし,彼女はそうした人工の自然を「自然」と代替可能なものである,とするような進歩史観をもったテクノロジー至上主義者ではない.それは4月18日に行なわれたアーティスト・トークの際に紹介された近作などからも明らかである.
例えば《トラック・ベイビーズ》(1999)では,まさにタイトルどおりトラックの子供(?)という生命体を創出し,また実際の器官移植技術にインスパイアされたという《プロテイン・ラチス》(1997)では人間の耳を移植されたねずみが登場するというように,その作品は彼女が関心を寄せている遺伝子工学などのバイオテクノロジーが可能としている/するであろうさまざまな事象をめぐる誇張されたフィクションとしてあり,より現実味を帯びた「見えない」技術に対する挑発のようにも見える.彼女が提示しようとするのは,そうした現代を含む「近未来の神話」である.それはときとしてより誇張され,本質から逸脱し,非現実的で,ユーモラスな外見を呈している.
《プラスティコロジー》展会場内は壁,床,照明など緑を基調として統一されている.52台のうち51台のモニターの映像には5種類の植物が風に(かなりの強風であると思われる)そよいでいる(というか撓っている).音響はその風によるものと木々のたてる擦過音が流され,嵐の中にいるようでもある.ただ見上げるほどの位置に設置された残りの1台のモニター上には,やはり3Dコンピュータ・グラフィックスによって作られた一羽の鳥が悠然として枝にとまっている.
そのモニターへの導線上に(足下に)感圧センサーがしかけてあり,それに反応して観客が近付くと鳥は飛び去ってしまう.壁には,モニター上にはない12種類の植物の葉を一枚ずつ収めた標本箱と思しきもののデジタル・プリントが一枚貼ってある.それらが何を意味するのか,彼女は決して自作に対する解答や本来のストーリーを語ってはくれないが,だからこそ私たちはそれぞれのファンタジーを創作することができる.
[畠中実]
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