Feature:Robot Ecosystems

ASADA + SAKURA

ロボットの生態系
Robot Ecosystems

浅田稔佐倉統
ASADA Minoru and SAKURA Osamu

「ロボカップ」の実践と課題

浅田──ロボカップ」については最近知名度が上がりましたが,これは6年ぐらい前に北野宏明[★1]さん,国吉康夫[★2]さんと私の3人を中心にして,日本が欧米型の人工知能(AI)に対して新たなチャレンジを発信するべきではないか,という趣旨で始めた一連のワークショップから生まれたものです.ロボット研究者は「スキル(行動知能)」という言葉を使うのですが,人工知能は,シンボル[★3]ではなくボディ[★4]が動く知能なんです.それが知能と呼べるかどうか,という議論があって,そうした話から知の新たな局面を引き出せないか,という議論が始まったのですが,93年頃にそれを具体的に示せるものはないだろうかと考え,形にしたのが「ロボカップ」でした.

北野さんは「AAAI(American Association of AI)」というアメリカの人工知能学会が主催するロボット・コンテストをその前に観戦していて,面白くないと言ってました.それは例えばロボットが机の上にある紙コップを取ってくる時間を競うタイム・トライアルだったりしたのですが,ロボットはまず,テレビカメラで環境を見て画像を取ってモデルを作ってという具合で,10分間ぐらい動かずにいた後でやっと10cmぐらい動いて,またじっと止まってしまうんです.すると観客は飽きてしまう.これだと生き生きしたイメージがないんですね.そこでロボットにサッカーをやらせるコンテストはどうだろうか,という発想で「ロボカップ」が始まったんです.

最初は「ロボットJリーグ」という名称でしたが,そのときじつは,われわれの研究室ではシューティングをするロボットの研究が始まっていました.従来のように,工場で役に立つロボットというイメージではなくて,もう少し遊びに近い面白いものをやりかったし,さらにそこに新しい概念を埋め込みたいと考えていました.ちょうどその頃北野さんと国吉さんも同じような発想をもっていて,3人とも似たことを考えていたんですね.

そして93年の秋ぐらいには,97年に名古屋で第1回大会を開催しよう,という話になっていたんです.ですからだいたい4年の準備期間をおいたことになります.これは面白いお遊びに一見受け取られますが,研究テーマとして,いろんな意味があって何が有効かをはっきりさせようとしてきました.ここにはマルチエージェント[★5]の問題を含め,いろいろな問題が入っています.特に標準問題[★6]が格好の例に挙げられます.チェスに代表されるように,ある標準問題をみんなが解くことによっていろいろな科学技術の発展に役立つのではないか,というようなテーマづけをしてきたのです.

組織的な立場から言うと,「ロボカップ」の試みは一般的なテーマとして面白いのですが,個人的な立場としては,ロボットの学習・進化や認知プロセスを含め,できれば認知モデルを発展させたいと考えており,そのベースとして「ロボカップ」を使いたい,というのが私自身の主旨でした.チェスが40年ものあいだ人工知能の標準問題になっていましたが,IBMのコンピュータ「ディープ・ブルー」が世界チャンピオンのガルリ・カスパロフを破って,一応の終結を見たのですから,新たに,チェスによる標準問題とは対照的な問題を設定すべきであろうということです.というのも,チェスは静的で,完全に情報が記述されており,一対一の闘いであるのに対して,「ロボカップ」のほうは複数のエージェントが協調しなければなりません.そして決定的に違うのは,多分,複数の意思決定エージェントが存在して何かをするという作業は,結論として解答を得ることのできない問題だということなんです.それが一番本質的な差異だと思うのですが,それをどう解くかがわれわれの使命です.そのプロセスのなかでロボットが社会性を帯びて――というのも協調しなければいけませんから――自分なり他者とどう協調するかについて,ロボット自身の内部構造の設計から純粋にボトムアップ的にどれぐらい可能なのか,ということを確かめたいと思いました.

「ロボカップ」には三つのリーグがあります.一つは「シミュレーション・リーグ」で,これは実際にロボットを作るための経済的,人的,空間的資源がない人用の,サッカー・サーバーというメインのプログラム上で試合をするもので,コンピュータ科学者が参加しやすいリーグでもあります(笑).サーバー上で11対11の合計22のプログラムが競います.これはテレビゲームにも似ていますが,基本的には11対11のプログラムの闘いですから,完全に分散的な,つまり協調をどうするのかといった学習進化の問題がそこには入っています.シミュレーション・エージェントも,ロボットの視覚は全方向ではなく90度で,テレビカメラによって捉えられた画像のように,遠くが非常に曖昧になり,近くが明瞭になります.それから味方と交信も可能ですが,それは敵にも聞こえてしまう.つまりオンエア状態なので,だますこともできるしノイズ合戦もできる.そして発信したぶんだけエネルギーをロスしてスタミナが減るので,最初に動きすぎると後で疲れてしまう.そういったわりとリアルな状況を再現し,しかもそこそこ動くサッカー・シミュレーションを可能な限りつくろうとしました.

残りの二つのリーグは実機のロボットによるもので,「小型リーグ」と「中型リーグ」に分かれていて,小型は直径15cmくらいのロボットなんですが,最初の頃はそこにセンサーやカメラ,CPUを搭載することに無理があったので――もちろん現在ではそれは可能ですが――,最大5台の小さなロボットを,天井のカメラを使って全体のフィールドを見て制御するというものでした.つまり,1つのCPUで複数のボディが稼働するというタイプだったわけです.サッカーフィールドとしては卓球台を使い,サッカーボールとしてゴルフボールを使用しました.「中型リーグ」はだいたいロボットの直径が45cmぐらいで,このサイズだとロボットにすべて搭載可能なため,天井カメラは禁止しました(第1回の名古屋大会では一部で許可したのですが).そして純粋な分散制御,つまりロボットが自分自身のテレビカメラで見た映像だけを頼りに戦略を立てるもので,フィールドは卓球台の面積の9倍で,実際のサッカーフィールドの15分の1ぐらいの大きさです.現状ではスローイングができないので周囲に壁を作っています.アイスホッケーみたいなんですが,アイスホッケーは愛好者はサッカーよりも少ないので(笑),サッカーと呼んでいます.

われわれが野球ではなくサッカーを選んだ理由は,野球はほとんどがピッチャーとキャッチャーのやりとりだし,ルールがあまりにも複雑すぎるからです.単純なルールで攻守が瞬時に入れ替わり,場を共有するとなると,サッカーやホッケーのほかにバスケットボールもありますが,ロボットに「手」を付けるのが難しくて,一番単純なのがサッカーだということで選んだのです.

佐倉──私が以前アフリカでチンパンジーの研究をしていたときに,現地の子供たちがグレープフルーツをボール代わりにしてサッカーをやっていました.確かにサッカーは非常にシンプルなスポーツで,それが人気の原因かもしれません.

浅田──われわれとしても,ロボットにとっても,ルールがシンプルなので取っつきやすいんです.とは言っても,もちろん11台のロボット同士を戦わせるのはかなり難しいですし,しかもわれわれの最終目標は,2050年までに11台のヒューマノイド・ロボットが,実際のワールドカップのチャンピオンチームを破ることだ,と言ってしまいましたから.これは要するにチェスで40年かかって人間のグランド・マスターを破ったのと同じような目標を立てているわけです.

佐倉──チェスもコンピュータが人間に勝てるのは1960年代だろうと言われていましたから,それから30年くらい遅れたわけですね.するとサッカーは21世紀末ぐらいになるかと予想できますけど…….

浅田──といっても2050年には私は97歳ですから,生きているかどうか…….最初は不可能だと思われても,例えばライト兄弟が飛行機を発明してからジャンボジェット機まで何年かかったかを考えてみると,科学技術の予測ほど難しいものはありませんよね.昔は部屋一つ分の大きさのコンピュータが,いまではノートサイズですから.その進展を考えると,11台のヒューマノイド・ロボットが,ワールドカップのチャンピオン・チームとまではいかなくとも普通に人間と試合できるぐらいならば,それほど難しくはないだろう,と言ってくれた方もいます.

佐倉──浅田さんと北野さん,国吉さんの3人がほぼ同時期に同じことを独立に考えたということは面白いですね.歴史を振り返ってみると,なにか新しい動きがあるときには,同じ場所で同じ時代に複数の人たちが,よく似たアイディアを独立に考え出すということがしばしばあるように思います.例えばフォン・ノイマン(1903−1957)はハンガリーの人ですが,あの時代のハンガリーはポランニー兄弟(カール,1886−1964/マイケル,1891−1976)もいるし,ルカーチ(1885−1971)も出てくるということで,いろいろシンクロしていた「知的スポット」だったと思います.ディアギレフ(1872−1929)のロシア・バレエ団(バレエ・リュス)も同じような現象ですね.ニジンスキーとカルサヴィーナが踊り手にいて,音楽はストラヴィンスキーやラヴェル,美術がピカソ,脚本はジャン・コクトーというふうに集まった.いろんな分野で,そういうアトラクターのような時代と場所があると思うんです.  それともう一つ面白いと思ったのは,ヨーロッパもアメリカもずっとチェスが標準問題であったわけですが,日本のAIは後発だったためにチェスに取り組むタイミングを逸した.逆にそれが次のプロジェクトを考える際に有利に働いたのではないかとも思うのですが…….

浅田──私自身にはあまりそういった意識はないんですね.ただ,北野さんが言い出したときに私はすでにサッカーをするロボットの研究を始めていて,国吉さんも同じことを考えていたんです.

佐倉──お互いにそれを知らなかったわけですね.

浅田──そんなにはよくわからなかったですね.どちらかといえば,北野さんは人工知能研究の側面から,国吉さんはロボティクスの立場から研究していましたが,それまで扱われていた問題がそれほど面白くないというので,それに代わるプロジェクトをやろうとして始まったのです.北野さんはもともと日本人的発想をもった方ではありませんから,研究者として面白いことができればいいという感じで,それが結果として日本よりは欧米で受け容れられるようになっているんです.確かに同時発生的であるという見方は面白いですね.

目次ページへleft right次のページへ