Dialogue/[対談]ロジャー・ペンローズ+佐藤文隆

タイリング,エッシャー

佐藤――ところで,ペンローズさんのタイリングについて,あるいはエッシャーについて,あるいは美の感覚といったものについて,少しお話しいただけませんか.

ペンローズ――そうですね,まず最初にお話しなければならないのは,私の祖父がプロの画家であったということです.肖像画家で,厳密な具象を旨としていました.一家は厳格なクエーカー教徒で,要するに祖父は極め付きの厳格なバックグラウンドをもっていたということです.私の父は四人兄弟の一員で,全員絵に優れた才能を示しました.父はもっぱらインクを使ったペン画と油彩を描いていました.兄弟の一人は,画家としてきわめて有名になりました.シュルレアリストの画家で,ピカソやマックス・エルンストといった人たちと交流がありました.そういった画家たちのグループの一員だったわけです.このように私の一家には画家のバックグラウンドがあったわけですが,ただ,タイリングに関して言うと,以前には鉛筆でいたずら描きをやっていたのですが,要するに,これは単なる遊びですね.繰り返されるパターンをデザインする.繰り返しができてフォーマルな繰り返しパターンを作るけれど,全体としてはこのうえなく複雑なものになる,そんなさまざまな形を考える.つまり,一回の繰り返しをするのにできるだけ多数の異なった形のタイルを使うというわけです.

それから,階層構造のパターンにも関心をもちました.パターンがだんだん大きくなっていくというものですね.これは本当にただ遊んでいただけで,科学であるといった感触は一切ありませんでした.ここで,ある転換がもたらされるきっかけとなったのは,そのときにはそれと気づいていなかったのですが,父が,ケプラーの描いた絵が載った本をもっていたことです.そのうちの一枚は,多数のタイルを使ったパターンの図でした.そこには何種類かの五角形が含まれていました.私はそれを見て,そうしたパターンが存在しているのだということを理解したにちがいありません.そのときはそれ以上深く考えることはなかったのですが,おそらく,これによって,多分五角形なら扱うことができるという感触が芽生えたのだと思います.興味深いデザイン,連続して発展していくパターンを五角形から作り出すことができる.そして正五角形からいろんなパターンを作ってみるのは,まったく無意味というわけでもないだろうと思いました.

だから,この本は私に間違いなく何らかの影響を与えていますね.しかし実際に,五角形を扱うきっかけとなったのは,ある人からの手紙です.ロンドンの大学から来たもので,シンボルマークとして,6つの五角形――1つは真ん中,ほかの5つはその周囲――に分割された五角形が使われていました.そこで私は,これを何度も何度も繰り返したらどうなるだろうと考えました.これをずっと繰り返していって,隙間ができたら,隙間を埋める方法を考えださなくてはなりません.日本の画家にもいましたね,同じようなことをやっている人が.

佐藤――多分,安野光雅でしょうか.

ペンローズ――彼はとてもよく似たことをやっていました.ただ,まったく同じというわけではありません.隙間をどうやって埋めるかを決定しなければならないわけですからね.階層スキームにしたがって五角形を作っていくと,必ず隙間ができます.この隙間が大きくなったら,何か埋めるものを考えなければならない.この方法でやるか,あの方法でやるか,選択しなければならないのです.彼は,私とは別の方法でやっていましたが,この部分はあまりうまくできていませんでしたね.

私がとった方法は,このような形を実際に発展させていくことのできるものでした.じつに複雑な階層になっていますが,私が作り出したのは,じつのところ五角形を使った非反復パターンで,のちになって,こうしたパターンはジグソーパズルのような形からも作り出せるということに気づきました.各ピースの形を少し変えると,次々と重ねていくことができます.これは6つの異なった形態に帰着し,結果,非反復パターンが生まれることになります.オックスフォードのマセマティカル・インスティテュートを訪れたプリンストンのサイモン・コッヘンが思い出させてくれたところでは,ラファエル・ロビンソンが,反復しない形で平面を敷き詰める6種類のタイルを考案しています.
コッヘンはまた,ラファエル・ロビンソンが多数のタイルを使って最小の段階まで埋めていくのが好きな人物だ,という話もしてくれました.ロビンソンは,この非反復タイリングを,原則として四角形でやっています.ときには異なった形も用いますが,基本的に四角形です.非反復性を実現するのに使ったタイルは6種類です.これをもう一度眺めてみたところ,私のほうがうまくできていることに気づきました.私のタイルも6種類ですが,一部に冗長性があります.要するに,2つのピースをつないで5種類にすることができるというわけです.ですから,これは一面で,ロビンソンの作品の改良版ということになります.しかし,その後,私はさらに思考を重ねて,もっと種類を減らせることを発見したんです.このアイディアがどうして,どこから出てきたのかというのを簡単に説明するのは難しいんですが…….

佐藤――エッシャーとはどのようにして関わりあうようになったのですか?

ペンローズ――エッシャーとの結びつきはまた別のものです.残念なことに,エッシャーはこれらのタイルを見る前に亡くなってしまいました.もし,これを知っていたら,素晴らしい作品を作ったことでしょうね.でも,エッシャーとつながりができたのは別の関心事を介してのことで,ケンブリッジの大学院に入った最初の年の終わり頃だったと思います,私はアムステルダムで開かれた国際数学者会議に参加したんですが,その会議の席で,ある人が,とても不思議な絵の載ったパンフレットをもっているのを見かけました.
頼んで見せてもらったところ,それは,アムステルダムのどこかの美術館で開催されていた展覧会のカタログでした.それがエッシャーの展覧会だったんですね.併設展だったと思います.たしかヴァン・ゴッホ展があって,それに付随する小規模の展覧会が,エッシャー展でした.もちろん,私は見に行きました.それまで,エッシャーという名前すら聞いたことがなかったのですが,大変魅了され,私もパラドクシカルなものを作ってみようと思ったんです.いろいろなデザインを考えて,最終的に到達したのが,この本の表紙にも使っている三角形です.これを作り出して,私はまず父に見せました.父はそれから,多種多様の不可能建築,不可能物体を作ることに専念しはじめ,やがて一つの階段を作り出しました.どこまで行っても果てがないという階段です.私たちは,これを紙に描いて,そのコピーをエッシャーに送りました.何と言っても,エッシャーは私たちに,こうした事物に熱中するきっかけを作った当人ですからね.エッシャーに見てもらいたいと思ったのは当然でしょう.私たちが作り出した,この特別な階段は,エッシャーがそれまで見たことのないものでした.そして,彼はこれを発展させて《上昇と下降》という,彼の作品の中でも最もよく知られているものの一つに結実させたのです.それから《滝》は,私たちのこの三角形をベースにしたものですね.その後,だいぶたってから,私は実際にエッシャーのもとを訪れて,私のタイリングの作品をいくつか見せました.非反復タイプではありませんが,きわめて複雑なものです.私の知る限り,エッシャーの最後の作品となったものは,私が見せたこのタイプの配列をベースにしています.このように,エッシャーとのつながりは,言ってみればかなり個別的なものでした.不可能物体と特殊なタイルです.もっと生きていてほしかったですね.そうすれば,非反復タイプのタイルも見せることができたんですが.

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