特集:テレプレゼンス――時間と空間を超えるテクノロジー/廣瀬通孝+港千尋

リアリティを創出する条件

――廣瀬先生が開発されたCABIN(Computer Augmented Booth for Image Navigation)の中に入ってVRを体験させていただきましたが,コンピュータ・グラフィックスでできた都市を高速で走っていくシーンなどは,仙人になって空を飛んでいるような気がして,大変驚きました.
まだ興奮さめやらないのですが,このリアリティこそVRなんです.
頭を左右に振ったり,空を見上げたりしても,現実そのままに見える.
おそらく計算速度が一つのカギになっていて,例えばもし計算速度が間に合わなくて,ふいに頭をあげたときに画像が一瞬元のままだったら,ズレが見えると思う.
それが,リアリティが消えていく要素となるのではないでしょうか.
私がさきほど感じたリアリティは,一体どういった仕組みでできているのか,あるいはどういったことがポイントなのでしょうか.

廣瀬――それはじつは非常に難しい質問なんです.文部省の重点領域研究で,リアリティを解明すること自体が一つのテーマになっているくらいですから…….
ただ,最近少しずつわかってきたことは,いくつものリアリティが存在するということです.例えばCABINの中のリアリティは,視覚的な臨場感と言ったほうが良いかもしれません.CABINは上下左右がディスプレイに囲まれているので,体験者の視野が非常に広くなるということがポイントです. そうすると,普通のテレビと違って,メディアを外から見ているという感じではなくなります.メディアの中に自分が没入する,まさに映像の中にテレプレゼンスするという感覚が生じます.自分がメディアの中に入るということは,周りから映像が襲ってくるわけで,第一人称の体験をすることができます.普通のテレビが第三人称のメディアだとするとVRは第一人称のメディアです.

立体で見えるという点も,リアリティを生成する上で重要です.映像に奥行きがあって,ものが飛び出して見える. つまり目の前に三次元的な奥行きのある世界があると良いのです.また,精細度もポイントです.普通のテレビよりハイビジョンのほうがリアリティがあるように見えるでしょう.
インタラクティヴな意味でのリアリティもあります.頭を左右に平行に振ってみると,近くのものは大きく動きますが,遠くの風景はあまり動きません.
CABINではこれも再現しているんです. そうすると,ただ単に立体視で奥行き感を感じるというだけでなく,いっそうリアリティが倍加されて感じられるようになるわけです.
みなさんにCABINをお褒めいただいているのは,そのあたりをいまのコンピュータ技術でうまく実現しているからだと思います.
ヘッド・マウンテッド・ディスプレイ(HMD)によるVRでも原理的には同じことができるんですが,HMDの場合にはすぐ気分が悪くなるんです.頭の動きに応じて映像のデータ処理がついてこれないからなんですね.

――遅延があるわけですね.

廣瀬――そうです.頭を上げても,HMDの場合はリアルタイムに映像がくっついてこない.その点がCABINとHMDの大きな違いです.
CABINの場合には,すでに周りに映像が表示されているので頭の回転に対しては映像を変える必要がありません.HMDでは映像をマジメに変えないといけないわけです.
CABINのほうは頭を平行に動かした場合のみ,映像を変えてあげればいいわけですから,リアリティを半分だけ合成してやればいいんです.HMDの場合は身体感覚と映像の変化を100パーセント合成しなくてはいけない.全部合成するにはコンピュータはまだちょっと遅いんですね.ですからその半分程度というところが,非常に大きな差を生んでいるんです.

――最初にCABINに入ったときに気づいたのは,四角い部屋でありHMDと全然違うということです.VRを歴史的にさかのぼっていくと,おそらく360度絵で覆ってしまう19世紀のパノラマに行き着くように思います.バロックの教会の天井画や,ドイツ南部やイタリア北部にある大聖堂の天井画も360度のパノラマです.信仰心があるかないかにかかわらず,それを見上げると天国が見えるのでしょう.そういう意味でも,一つの部屋の中に入るということは,すごく重要だと思います.イメージと身体感覚のシンクロの中に,現実が生成してくる一つのカギがあると思います.

廣瀬――VR研究を始めるとき,システムとしてどういう要素をもたなければいけないかを検討しました.その一つがプレゼンス,二つめがインタラクション,そして三つめがシミュレーションです.シミュレーションとリアリティがどう関連するのか,おわかりにならないかもしれませんが,VRの世界の中で石をポンと放り投げたとき,それが放物線を描かないと嘘だってことがわかりますよね.つまり,振る舞いとしてのリアリティということなんです.

――経験則で知っているような物理法則に沿った動きをしないと,現実とは思えないということですね.

廣瀬――ことほどさようにリアリティというものは,たくさんあるわけです.写実的にきっちりと見せるというリアリティもありますし,視野が広くて中に入り込んでいけるというリアリティもある.何か操作したときに生じるリアリティもあります.だから「リアリティって何?」というご質問を受けると,やっぱり,たくさんあるとしか答えられません.

――80年代にVRが登場したときには,リアリティに特化して研究が始まったようなところがありますが,いまはもう新しい時代に入っていて,むしろVRを使って人間にとってのリアリティを解放していくという方向にシフトしていますね.

廣瀬――人工知能でもそうなんですが,開発した時点で何か欠けているものが必ずあるわけで,その欠けているものを探して研究がまた進んでいきます.VRの研究でいま主に議論しているのは視覚についてですが,他にも,聴覚や触覚など,臨場感を出す技術はいくらでも出てきています.おもしろいことに工学的手法によって感覚が合成できるようになってくると,逆にまた,われわれの感覚とは一体何かという命題に戻ってくるわけです.

――現実の世界を扱っているようで,じつは人間の内部の世界を扱っているわけで,逆に言うと,いままで自分たちのことがいかにわかっていなかったかということですよね.

廣瀬――音に関してはかなり実用化が進展しています.大聖堂で歌ったときの感じを完全にシミュレーションして,大聖堂で歌ったような響きになるようにデジタル処理する技術や,目の前に表示された仮想物体の位置から音が出るようにする技術など,すでにいろいろなものがあります.触覚については,まだ研究中のものが多いと思います.触覚的情報がようやく電子メディアの中に入ってくるかなという感じですね.

――人間の脳が現実を現実として認識するときに,視覚情報というものは非常に大きいですね.そして,もう一つが触覚です.特に指先に感覚器官が集中していると聞いたことがあります.

廣瀬――皮質でも視覚と触覚が同じぐらいだと言いますね.

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