特集:テレプレゼンス――時間と空間を超えるテクノロジー/廣瀬通孝+港千尋
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リアリティを創出する条件
港――廣瀬先生が開発されたCABIN(Computer Augmented Booth for Image Navigation)の中に入ってVRを体験させていただきましたが,コンピュータ・グラフィックスでできた都市を高速で走っていくシーンなどは,仙人になって空を飛んでいるような気がして,大変驚きました.
廣瀬――それはじつは非常に難しい質問なんです.文部省の重点領域研究で,リアリティを解明すること自体が一つのテーマになっているくらいですから…….
立体で見えるという点も,リアリティを生成する上で重要です.映像に奥行きがあって,ものが飛び出して見える.
つまり目の前に三次元的な奥行きのある世界があると良いのです.また,精細度もポイントです.普通のテレビよりハイビジョンのほうがリアリティがあるように見えるでしょう. 港――遅延があるわけですね.
廣瀬――そうです.頭を上げても,HMDの場合はリアルタイムに映像がくっついてこない.その点がCABINとHMDの大きな違いです. 港――最初にCABINに入ったときに気づいたのは,四角い部屋でありHMDと全然違うということです.VRを歴史的にさかのぼっていくと,おそらく360度絵で覆ってしまう19世紀のパノラマに行き着くように思います.バロックの教会の天井画や,ドイツ南部やイタリア北部にある大聖堂の天井画も360度のパノラマです.信仰心があるかないかにかかわらず,それを見上げると天国が見えるのでしょう.そういう意味でも,一つの部屋の中に入るということは,すごく重要だと思います.イメージと身体感覚のシンクロの中に,現実が生成してくる一つのカギがあると思います. 廣瀬――VR研究を始めるとき,システムとしてどういう要素をもたなければいけないかを検討しました.その一つがプレゼンス,二つめがインタラクション,そして三つめがシミュレーションです.シミュレーションとリアリティがどう関連するのか,おわかりにならないかもしれませんが,VRの世界の中で石をポンと放り投げたとき,それが放物線を描かないと嘘だってことがわかりますよね.つまり,振る舞いとしてのリアリティということなんです. 港――経験則で知っているような物理法則に沿った動きをしないと,現実とは思えないということですね. 廣瀬――ことほどさようにリアリティというものは,たくさんあるわけです.写実的にきっちりと見せるというリアリティもありますし,視野が広くて中に入り込んでいけるというリアリティもある.何か操作したときに生じるリアリティもあります.だから「リアリティって何?」というご質問を受けると,やっぱり,たくさんあるとしか答えられません. 港――80年代にVRが登場したときには,リアリティに特化して研究が始まったようなところがありますが,いまはもう新しい時代に入っていて,むしろVRを使って人間にとってのリアリティを解放していくという方向にシフトしていますね. 廣瀬――人工知能でもそうなんですが,開発した時点で何か欠けているものが必ずあるわけで,その欠けているものを探して研究がまた進んでいきます.VRの研究でいま主に議論しているのは視覚についてですが,他にも,聴覚や触覚など,臨場感を出す技術はいくらでも出てきています.おもしろいことに工学的手法によって感覚が合成できるようになってくると,逆にまた,われわれの感覚とは一体何かという命題に戻ってくるわけです. 港――現実の世界を扱っているようで,じつは人間の内部の世界を扱っているわけで,逆に言うと,いままで自分たちのことがいかにわかっていなかったかということですよね. 廣瀬――音に関してはかなり実用化が進展しています.大聖堂で歌ったときの感じを完全にシミュレーションして,大聖堂で歌ったような響きになるようにデジタル処理する技術や,目の前に表示された仮想物体の位置から音が出るようにする技術など,すでにいろいろなものがあります.触覚については,まだ研究中のものが多いと思います.触覚的情報がようやく電子メディアの中に入ってくるかなという感じですね. 港――人間の脳が現実を現実として認識するときに,視覚情報というものは非常に大きいですね.そして,もう一つが触覚です.特に指先に感覚器官が集中していると聞いたことがあります. 廣瀬――皮質でも視覚と触覚が同じぐらいだと言いますね. |
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