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エル・リシツキー『革命と建築』

1930
五十嵐太郎

 1917年,ロシア革命が起きる.コルビュジエが考えたようには,社会の革命が避けられなかったのがロシアだった.そして革命の後に建築の変動が続く.基幹産業に重点を置き,工業国ソヴィエトを目指した,1928年からの第一次五カ年計画の最中,1930年にエル・リシツキーの『革命と建築』は刊行された.ちなみに原題は『ロシア:ソヴィエト連邦における建築の再建』,邦訳のもとになった1965年版は『ロシア:世界革命のための建築』というタイトルであり,これにはU・コンラーツの編集により,付録としてリシツキーの他の評論やギンズブルグ,タウトらのソヴィエト建築レポートが加えられている.だからオリジナル部分の章立ては「下部構造」に始まり,「イデオロギーの上部構造」で終わる.章の題目で興味深いのは,直接に史的唯物論的なタームが現われており,ひたすらロマンティックで煽動的な同時代の他の建築のテクストと比較してみると,理論的な武装を狙ったふしがあることだ.

「機械の誕生は,技術革命の始まりであり,それは手工作を否定し,近代の大工業の勃興に決定的な役割を演ずることとなる」という書きだしに続き,これが西欧の近代建築の基本要素を決定するものと彼は位置づける.一方で,ロシア建築には社会革命が深く結びついており,それに伴う新たな建築の問題を解決するためには,まず下部構造としての経済の回復が必要なのだと主張する.そして建築の再建が実現されるという.以後,本書の中盤では,20年代のロシア・アヴァンギャルドに対する,かなり具体的な作品分析を行なう.建築の再建への第一歩を記した,メリニコフのパリ装飾美術博覧会のソヴィエト館.技術的なものと芸術的なものの総合を直観的に実現してしまった,タトリンの第三インターナショナル(記念塔).重力の克服に向かう,物理学的=動力学的な建築としてのレオニドフによるレーニン研究所.他には「最新式の機械化は,公共の用にのみ限られる」や,新しい都市問題を論じる二つの基本は社会構造と技術のレベルだとしているのが,注目すべき発言である.そして社会の工業化が都市と田舎の対立を解消すると考えている.またテクノロジーが生みだす場所,すなわち機械の導入による新たな開墾を要する住宅の供給問題や,機械の集合体である工業施設を単なるおおいではなく,労働の宮殿として積極的にデザインすることにも注意をうながす.こうして社会とテクノロジーのぬきさしならぬ関係が様々に説かれるのだが,終章の「イデオロギーの上部構造」は特に重要である.新しい世界の建設に参加する建築家の発展を,弁証法的に三段階で描いているからだ.最初が,伝統の否定(未来派などが当てはまるかもしれない).アトリエの夢.単なる感情的,個人的な,孤立した問題の段階である.第二が,建設の始まり.実用第一主義,機能主義をスローガンに,「エンジニアと建築家は等号で結ばれる.機械であれ建築であれ,いずれの場合にも,その解答が同一の代数の公式から導き出されること」が可能だと仮定する(言ってみれば,コルビュジエ的な)段階.新しい構法と材料を導入すれば,自動的に作品という答えが出てくる.これは生産もやがては芸術になると期待した,即物的な創造活動である.第三段階では,社会経済革命の力が文化革命に集中する.その時,建築は主導的な芸術とみなされ,民衆の問題となり,社会的な基盤をもつ.建築とエンジニアが一致しないことや,実用的合目的性の解決は問題の一部に過ぎないことが,再登場した形式主義者により語られる.そして構成の問題へ.これははっきりとした目的意識による芸術の創造である.付録の評論でも,「機械は絵筆に他ならない」から,われわれを自然から切り離したのではなく,われわれに未知の自然を発見させたのだと言っているように,建築とテクノロジーをめぐる機能主義的な関係を,弁証法的に乗り超えようとした試みは評価されるべきだろう.

(いがらし たろう・建築史)

エル・リシツキー『革命と建築』(阿部公正訳),彰国社,1983.

    

■関連文献
八束はじめ『ロシア・アヴァンギャルド建築』INAX,1993.
マンフレッド・タフーリ『球と迷宮』(八束はじめ他訳),PARCO出版,1992.