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レオン・バッティスタ・アルベルティ『絵画論』

1435
松浦寿夫

 レオン・バッティスタ・アルベルティは,その芸術理論,数学,建築,法学,神学等々の多面的な様相を帯びた活動において,その15世紀という活動期における万能人というルネサンス的な人文主義者の相貌を体現している.そして,いくつかの教会建築....たとえば,フィレンツェのサンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂正面部,そして集中式教会建築として,マントヴァのサン・セバスティアーノ聖堂など....の実現と同時に,彼の『絵画論』(1435),『建築論』(1452)等の著作によって,この時代の芸術の理論的な次元を分析的かつ綜合的に記述する作業によって,さらにこの時代をこえて,西欧の芸術の理論形式を方向づけたとも言えるだろう.

 ところで,三部構成からなるアルベルティの『絵画論』は,自らの同時代の,そしてさらにそれに続く時代の画家たちに提示された,絵画制作への入門書の体裁をとっているが,とはいえ,それは単なる技法的な次元のイニシエーションの書物ではなく,おそらく真の意味で技術的なものであったと言えるかもしれない.しかも,この著作を特徴づけているのは,第二部,第三部でくり拡げられている,絵画のいわば倫理的な次元の問題群と,第一部の分析的な絵画技術体系の記述とが組み合わせられている点にあると言ってもよいだろう.

 そこで,ここではもっぱら同書の第一部で展開される分析的な....記号論的とも言えるかもしれない....記述に注目してみることにしよう.アルベルティ自身,この第一部を,数学者としてではなく画家として記述するという留保をつけたうえで,絵画芸術を数学的な視点から検討するという意志を,その冒頭で示している.

 まず,最初に,アルベルティは,点,線,面といういわば造型的な基本単位の検討から開始するのだが,この点で,造型芸術の文法体系を構成する最小単位の規定の試みとして,20世紀のクレーやカンディンスキーの試みにまで連続する系譜を想像してみることもできるだろう.だが,アルベルティのテクストを特徴づけるのは,面がもっぱら視線....あるいは,「視的光線」....との関係において思考される点である.そして,面に対する視線が3つの型に分類され(外部光線,媒介光線,中心光線),さらに,それが,視覚的なピラミッドの構成と関連づけられている.ここに,いわゆる遠近法という視覚の体系の理論化の徴候をみてとることができるだろう.

「この事は,直観力を与えられた各々の画家が,一つの面を描こうとする時,描かれる対象物がもっとも良く見えるようにピラミッドの頂点と角度を求めたかのような距離に場所をとっていることによっても証明されよう.しかし,画家が視的ピラミッドに集約されるいくつかの面を描こうとする壁や画板など....これは唯一つの面である....の場合には,このピラミッドをどこか一定の場所で[横に]截ると都合がよいだろう.そうすれば,画家は,自分の線によってそれに似た輪郭や色を表わし得るであろうから.絵を眺める者は,その絵が前に述べたようにして描かれたものであれば,視的ピラミッドの一截断面を見ることになろう.それ故,絵画とは,与えられた距離と視点と光に応じて或る面上に線と色とを以て人為的に表現されたピラミッドの截断面に外ならない」(p.20).

(まつうら ひさお・美術史)

レオン・バッティスタ・アルベルティ『絵画論』(三輪福松訳),中央公論美術出版,1992.

    

■関連文献
ルドルフ・ウィットコウワー『ヒューマニズム建築の源流』(中森義宗訳),彰国社,1971.
エルウィン・パノフスキー『〈象徴形式〉としての遠近法』(木田元,川戸れい子,上村清雄訳),哲学書房.1993.