InterCommunication No.15 1996

Feature


ライヴ映像による作品分析

ーヴル・オーディトリアムで定期的に催される「ライヴ映像作品分析(l'Oeuvre en direct)」と名付けられたプログラムは,ルーヴル所蔵のコレクションから重要な作品を選んで詳細な研究を試みようという企画である.研究者が選んだ作品はオーディトリアムに運ばれると,講演のあいだビデオカメラでその映像が映し出される.カメラは微に入り細を穿ってさまざまな角度から作品の細部を拡大し,たとえば微妙な表面の凹凸を際立たせたり,ある種の工芸品ではその内部やあるいは通常は見えない部分までも,オーディトリアムの客の前のスクリーンに映し出すのである.研究対象のさまざまな角度からの映像には,その他の関連作品の写真や科学的解析データなどの視覚資料が付随する.いくつかの講演では,TV会議装置を使って他の美術館と結んだ合同研究も行なわれている.その結果,ルーヴル所蔵のティスキエヴィッチの彫像(紀元前4世紀)とニューヨーク・メトロポリタン美術館のメッテルニヒの石板レリーフとが対比研究された.またニコラ・プッサンの《サビニの女たちの掠奪》の二つのヴァージョン,すなわちメトロポリタン美術館所蔵の制作年の古い古典的解釈によるものと,ルーヴル所蔵の新しい方のバロック的解釈によるものも同様の方法で双方の美術館の専門研究者たちによって比較検討されたほか,ルーヴル所蔵のコルネイユ・ヴァン・クレーヴ作の《ポリュペモス像》に至っては,ワシントン・ナショナル・ギャラリー所蔵のロベール・ル・ロラン作のポリュペモスの愛人《ガラテイア像》とスクリーン上で結ばれたのである.
ーヴルでは新しい映像テクノロジーは,長い歴史を持つ芸術作品についてより多くのことを知り,そして知ったことをより多くの人々に伝えるために活用されている.最近では福本雅朗らによるグローブ等の特殊装置が不要な指示動作入力インターフェイスや小林稔らの「クリアボード」といった,物体と人間を同質化してひとつのシームレスでヴァーチュアルな流れに変えてしまう注目すべき技術で,多人数による世界の共有が可能になっているが,「ライヴ映像作品分析」はむしろそういう方向性とは逆に,意図的に実際の物体の物理的実在感を強調しようとする.研究対象に選ばれた作品をスクリーン映像に変え,派生的関連的な映像資料を併せて映写することによって,実物の作品は有形物としてここという場所にとどまらざるを得ない不自由が補われるのである.実際,伝統的美術館の存続は,物理的に存在する芸術作品の卓越性というものを継続的に支持してゆけるかどうかにかかっているのであり,それ故に新しいテクノロジーとこうした卓越性を強調する立場は不可避的に結びつかざるを得ないのである.


[前のページに戻る] [次のページに進む]
[最初のページに戻る] [最後のページに進む]