例えば,人間以外に社会や集落をつくる例としてよく引き合いにだされるものに,
蟻がある.蟻は小さな生きものだが,その仕組みは複雑で精緻を極める.現在の技
術では蟻と同じものを人工的につくることなどとうてい不可能である.そもそも,
庭にまいた砂糖に蟻がどうやって集まるのかさえ,十分には分かっていない.
ここで,コンピュータなかの光の点に,いくつかの単純な規則を与えて,ディスプ
レイの庭に放してみる.その点々が,砂糖に集まる蟻のような行動をとったとする.
生きている蟻と,コンピュータの蟻は,姿かたちはまったく違っていても,行動様
式は同じになった.ということは,現実の蟻も,実はコンピュータの蟻のように単
純な規則の組合せで行動しているのではないか,と推理することができる.それな
らば,こんどはコンピュータの蟻を例えば,寒い(とコンピュータが理解する)場
に放って観察してみれば,本物の蟻の冬の行動が予測できるかもしれない.
一匹の蟻の精密な組み立ては分からなくても,このようにすることで蟻の行動が予
測できる.予測できれば,制御もできる.これがシミュレーションであり,コンピュー
タのなかの光の点々が「人工生命」である.
人工生命とはロボットをつくることではない.とりあえず形はなんでもよく,ここ
で大事なことは,単純な規則を与えられたたくさんの点=生物が,勝手にコロニー
をつくったり増減したり他人のプログラムを取り込んで進化?するとか,実際の生
物のような多様な行動パターンを描くというところにある.
ここでは,蟻を観察すれば都市が類推できるといっているのではなく,両方とも
「たくさんの構成要素があり,その各要素には比較的単純な規則が働いていて,し
かしその要素相互がさまざまに関係しているため,全体としては多様で予測のつき
にくい結果をもたらす」という共通点があるということである.
逆に言えば,これを人の世界で行なったものが都市だと定義してしまってもよい.
こうした仕組みを持つものは,一般に「複雑系」と呼ばれる.その呼称の検証は別
の機会にするとして,同様な性格を持つと思われる「系」は,他にもある.気象や,
経済や,他の生物の世界がそうである.
行動様式が似たものどうしならば,同じような方法で対処できるかもしれない.複
雑で多様な都市の姿が,都市を律するすべての法則?を知らなくても,部分的なコー
ドを設定することでシミュレートできるとしたら…….
その観点から,この研究はALA (ARTIFICIAL LIFE ARCHITECTURE) と名付けられた.
今日,建築デザインの分野でコンピュータといえば,CADとCGが主で,それはいずれ
も図面を描くツール,つまり「手」助けの道具である.
それはそれで大事なことであるが,コンピュータの力はこれだけではない.コンピュー
タをもっと働かせよう.
「頭」を助けるコンピュータ,それがここでのもうひとつの目的であった.
手でもできることをコンピュータにやらせるというような,省力化,効率化のため
ではなく,コンピュータなしではできないことを行なうこと.それによって建築設
計と都市関与のクオリティの「高質化」を図ること.そのための「思考支援プログ
ラム」の開発を求めた.
今回提示するものは,以上のような構想の,第一段階の概念モデルといった性格で
ある.
その内容は,次の二種に大別できる.
(1)人工生命のように,「単純な部分的コードによってつくられる多様な全体とい
う,ライフ・シミュレーション」方向のもの.
(2)「抽象概念や状態を視覚化し,直観的理解をもたらす,思考ビジュアル・シミュ
レーション」をするもの.
そして,その評価は,概念レベルの意味と,実用ツールとしての可能性との,二面
から見ることができるだろう.
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