デジタル・フロンティア
多文化主義のなかの日本

米英は世界標準語として英語がいつまで通用するかという点に危機感をもち,2050年まで予測しているのですが,その頃には,英語は4位になると考えられています(図1).そこで,世界がすべて英語で通じるという優越的地位が脅かされないよう,インターネットを使って英語を普及させようとしました.出版というメディアにおいては,英語は世界で28パーセントのシェアしかないのですが,インターネットでは世界の84.5パーセントが英語です(図2).

また,初期のインターネットはすべての情報がいったんアメリカに集まってから世界に散っていくという構造になっていました.米国が特殊なプログラムにより世界中の情報の内容を解析しているという可能性が最近指摘されています.

米英を中心とする英語圏国家により世界中の通信(電話,FAX,Eメールなど)を傍受,記録,翻訳するエシュロン(Echelon)は,本来,安全保障を目的としていたのですが,東西対立の終焉により,最近はそのエシュロンで得た情報が,英語圏の民間企業に流されているという可能性が指摘されています.そして,日本やフランスなどの非英語圏の企業がその被害を受けているとも言われています.

ヴェルトマン――インターネットの最大の意義の一つは,膨大なコンテンツへのアクセスを可能にしたことでしょう.大きなミュージアムの所蔵する作品のうち95パーセントは実際には地下室に保管されており,来館者はアクセスできません.世界最大の科学博物館の一つであるミュンヘンのドイツ博物館の地下保管室を拝見させていただく機会があったのですが,大変驚いたことに,ミュンヘンの人々は,何がそこに所蔵されているのかまったく知りませんでした.今世紀には膨大な視聴覚マテリアルがつくり出されているにもかかわらず,そのうちアクセス可能なものは,ほんの1パーセントにも満たないのです.

グリーン――インターネットの可能性は,単に凍結されていた資料へのアクセスを可能としてくれるものだというだけではなく,インタラクティヴな対話をとおして新しいものを創造できるだろうということにあります.グループ・セミナーができるかもしれないし,文書に註釈をつけることができるかもしれない.ミュージアムなりアーカイヴなりがもっているだろうアイテムに,世界中の学者たちが自分の知識を付け加えることができる.そうすれば単なる保存を超えて,新しいものがつくれるかもしれないわけです.

ルイーズ・スミス――保存や管理という面で指摘しておきたい点は,デジタル技術が非常に明確なかたちで,コレクションの管理をわたしたちに可能としたということです.わたしたちはいま,以前にはできなかった方法でモノを保存することができます.例えば,アーカイヴにある文書資料にはもはや手を触れる必要がない.にもかかわらず研究はできる.それも,ほんの数十年前には想像もできなかったようなやり方で学者が研究できる.この事実は,すごく心が躍ることです.


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