ICC Review

ICC Review

肉体の奪還
Retrieve of Body

新見隆
NIIMI Ryu

「デジタル・バウハウス
──新世紀の教育と創造のヴィジョン」

1999年8月6日−9月19日
ICCギャラリーA, Dほか

 

 「デジタル・バウハウス」という魅惑的なタイトルをもつスリリングな展覧会を見て,私はさまざまに刺激を受け,自分の興味にひきつけていろいろなことを考えさせられた.誠に勝手な見解なのだが,私はニュー・メディアというのはきわめて内向的で,個人的,それゆえに肉体的な性質をもつものではないかと思っている.と言うより,そうしたニュー・メディアのなかの特殊な性癖がアートと合体したときに初めて,真に刺激的なものが生まれると常に期待しているのである.それは私のような者が力説するまでもないことだろうが,「デジタル」とか「ニュー・メディア」とかいう言葉でくくられる曖昧な共通イメージを,個人の肉体の領域に引き戻す果敢な戦いにほかならないのだろう.だからあくまで比喩的に言うのだが,極端に言えば優れたメディア・アートとは,共感とか共通とか相互とか交感とか互換とかいった性癖から,むしろ徹底的に孤独に逆戻りしてくる性質があるのではないかとも思っている.それがために,初めて真の共感を呼びうると言うか…….まあこう書いてくると,結局は同じことなのだということに気づく.デジタルだろうが,アナログだろうが絵画だろうが彫刻だろうが,善し悪しの基準は昔から変わらないのだろうから.

 展覧会は,ニュー・メディアを駆使して先端的な芸術・デザイン教育を推し進める四つのインスティテューションから出品された作品で構成されている.私の主たる興味は,さまざまな刺激的な作品群がいかに肉体に対する思想を表明しているかだった.そして私の肉体にそれらがどう「触覚的に」働きかけてくるかだった.

ケルン・メディア芸術大学の共同制作作品《セブン・フィールズ・オブ・エネルギー》は,写真やヴィデオ,インスタレーションの複合メディアの可能性を示していて興味深かった.なかでもハイケ・ムッターは,画像のなかで作品(「モノ」)とそのイメージが交じり合い,感覚を錯乱させるような仕掛けがユニークであった.さまざまな自分の作品をCD-ROM化した「メディア・トランク・ミュージアム」とでも呼べるおもしろさを満載したものもあった.また向井知子のヴィデオ作品は,鏡のなかのような閉鎖空間を撮影して体験させる「直球勝負」でありながら,空間と私たちの肉体感覚を揺さぶるような,不思議で刺激的な新しい身体感覚をつくりだしていた.バウハウスのオスカー・シュレンマーが《トリアディッシェ・バレエ》でやったのは,幾何学的で数理的なコスチュームと動きのなかに生身の肉体を閉じ込めることで,逆に新たな肉体の「見えない香り」をつくりだして発散させようとするものだったが,そんな遠い縁さえ感じさせる,気品のある作品だった.そして時間の流れのなかにチューインガムのように引き伸ばされた私たち自身の顔かたち,奇妙に歪んで映像化された肉体を見せられるクリスチャン・ケスラーの作品《トランスヴァーサー》や,それを絵画に描いたティルマン・ロトスパイクの写真による三連作品《フラット・イメージズ/ヘッドバース》もおもしろかった.メディアによって切断され,分断された肉体映像は,かえって私たちの肉体がもともともっている「非制御性」というか,意識の力ではままならない,どうしようもない暴力性を思い起こさせた.

 妹島和世と西沢立衛の設計になる卓越した建築で話題になった岐阜の国際情報科学芸術アカデミーからは,関口敦仁の《地球の作り方―オゾン》のニュー・ヴァージョンが出品されていた(むしろそれを基本にしながらICCの立地に合わせて展開させた作品と言おうか).関口はもともと設置される空間を意識的に取り込んだ,彫刻というかインスタレーションから出発した作家である.その作品にはニュー・メディアさえ方向づけるような知的で分析的な戦略性が強かったと記憶している.自転車のペダルのような昇降機を踏んでいくごとに,床面の映像がぐんぐん高度を上げ上空からの映像に変わっていく.このヴァージョンでは地球環境を視覚化し,「漕ぐ」という個人の肉体的な行為を上手なかたちで結び合わせていた.私は今回むしろ,いつも見る夢の空間と意識の追体験を感じて刺激的だった.余談だが私は夢の中でいつでも自由自在に空を飛ぶことができるのである.両手を広げてグーッと身体を反りあげると,たいていは浮かび上がることができる.ときどき失敗するのだが,それはどうも「気」というか「反り」への意識の集中が足りないときらしい.確かフロイトによると上昇の夢は性欲だった,けかなあ,などと余計なことを思い出しながら,夢の体験そっくりに仕掛けられた関口の作品に舌を巻いた.

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