日本のリアル

才能のない人しか来ない

香山──村上さんのところに出入りしている学生さんたちにはどういったことを教えたいと思っていらっしゃいますか?

村上──教えるというより相撲部屋みたいなもんです.「僕がやりたいことはかくかくしかじかだからそれをヘルプしてくれるんだったら一緒にやろう.でも僕の言っていることが気に入らなければすぐやめて下さい」と.「でも,君の可能性は僕のところに直接ないことは知っておいたほうがいい.なぜなら,普通の大学からここに来たのなら芸術というものに憧れている人なんだろうから諸々新鮮かもしれないけれど,芸術大学の学生で自分自身の可能性を探ろうとして,学校でできなくてここに答えを探しに来てても答えは簡単には無いんだよ」と一番最初に話すんです.だから,別に何を教えたい,というのはないです.要するに,僕自身はアートという日本で未分化なジャンルでビジネスをしてそれによって社会のなかでの立脚点を得て,チェスをするようにアーティストや興業の駒を進めていきたいんです.アメリカのアート・シーンも疲弊していてアーティストもお金に困っているし,突き詰めれば制作費の問題になってきて,やはりビジネスとクリエイトの接合部の意識的な改革は絶対に欠かせないポイントだと思います.

香山──アートという分野は残るべきか,ということについてはどうですか? つまりいま,アートの人たちが食べられないということで,ゲームやアニメのクリエイターになったり,他の元気のいい産業に散り散りになっていますが,そこで最終的にアートという分野を,ゲームやアニメと別の世界として保存するべきかどうか.

村上──いや,元気があると言っても,アニメシーンでは,未来を突破するパラダイム・シフトは12年に一度くらいしかないわけです.庵野秀明,押井守,宮崎駿など誰もが知っている3人か4人ですね.その少数の人たちが未来を指し示すまではみんな気がつかなくて,延々と同じ人がぐるぐる回っているのは,資源,人材の無駄じゃないか.でもファイン・アートという分野で,何か新しいものを作ろうとする人たちが,そこにアイディアの米粒一つでも拾えるような場になればいいなとは思います.僕はゲームやアニメやロック・ミュージックはアートだと思っているけど,ファイン・アートが生き残るとしたら,完成してゆくソフトウェアのもっと前の未分化な生なもののクリエイトだと思うんです.

香山──いまのお話から考えると,自分のやりたいことを探したいからそれを教えて欲しいという学生と,逆に,食べていくための社会的なシステムやそのシステムに自分が組み入るためのテクニックを教えて欲しいという学生と二つに分かれている気がします.要するに,一緒に学ぶというある種理想的な教育の形態を実現することが難しいと思うんです.村上さんのところに来る若い学生は,プロデューサー的に「こういうことをやれば」と伝えた後は,継続的に仕事をしますか?

村上──それは,僕のことが好きか嫌いかというメンタルな部分になってしまいます.僕のことが好きではない人は,いくら僕と才能が触れあってもやめてしまいますし,逆に僕が好きな人は居つづけますし,すごく些末なレヴェルの話ですがね.

香山──彼らに地道な作業をさせるんですか?

村上──学生は一足飛びでデビューさせてくれると勘違いして,うちに来るんです.でもトイレ掃除や草むしりを毎日やらせたり,体育会系のようなことを延々やらせたりして…….

香山──板前修業みたいですね.

村上──本当にそうです.でもそれが,僕のことを嫌いな人が去っていく一番いいフルイだと,この3年間でわかったんです.僕のところにはどうせ才能のない人しか来ないんです.中途半端な才能を僕のところに来て開花させたいんだったら,挨拶とかくだらないレヴェルのことぐらいは人並にできるようにさせたい.また,うちに来る子は,心に傷をもつ連中ばかりなんですよ.そういう子たちが結局残っちゃう.僕はそういうことに全然頓着しないから残っているのかなとも思いますが…….

香山──でも,そういう人の居場所って,いまあまりないんでしょうね.

村上──だからヴォランティアでも居残っているんだと思いますよ.みんなほっとした顔してるしね.まあ僕は,芸術にはそれが必要だと思うからやっているけど.でも最近は外部の人に「給与とか払ってないの?」と聞かれるから,払うようになっちゃったけどね(笑).

香山──居場所を提供するということですね.

村上──でも,金を払うようになってから仕事感覚のやつが出てきて,彼らと居場所探しのやつらが分裂したりしていて,そういうのも面白い体験だと思っています.

前のページへleft right次のページへ