山口勝弘インタヴュー/教育のアヴァンギャルド

教育における芸術のコンテンツづくり

  いま行政は,国立大学を特別行政法人として国から切り放そうとしています.大学も自分で自立しなさいということになりかかっています.そうするとある程度ワークショップを中心とした教育,しかもある程度時間をかける必要のある体制がどこまで認めてもらえるかが問題です.例えば,バウハウスは最初は優れた芸術家を集めてきて出発するわけです.ところがバウハウスの方法のなかで,社会的なニーズに応えるような製品をデザインしてつくって,それを売るということをやります.しかしパウル・クレーのような先生は直接生産に結びつかない.そういう両面がバウハウスの教育のなかにもあったのではないでしょうか.

 要するにこれまでは,新しいテクノロジーとかメディアを教育なり芸術にどう取り込むかという進み方をしていたわけです.その結果,1980年代頃からテクノロジーやメディアを導入する教育の場が増えて,それが単なる技術の習得から出てきたソフトをつくるというふうになってきたのですが,どうもソフトウェアなり芸術の内容について非常に浅い考え方しかしていなくて面白くない.つまり,「芸」がない「術」に陥っている.そういう術の新奇な面白さだけを修得して大学を出てしまうという問題になってくるんです.それでは専門学校と変わらない.もちろん大学は,科学史やメディア文化史,総合造形原論などの理論的な講義科目があるわけです.ところが専門学校にいくとそういうものは教えてくれない.だけれどもこれからは市民大学や公開講座など開かれた生涯教育の場が増えてきています.そうすると本当に勉強しようとする人は何も大学で講義を聞かなくても,そういう場で理論修得の可能性はあるわけです.個人がカリキュラムをつくるだけの自信,アイデンティティをつかみ取る方法を身につけていなければ,いまの初等教育における学級崩壊が大学にまで広がっていく可能性を十分はらんでいます.そういう意味ではことは人自体の問題に返ってしまうんです.

 それと本人が芸術家にどうしてなるかというのとは少し違った問題として考えるべきだという気がします.というのは,本人の問題になった場合は,本人がどういう芸術家になるかというのをこちらが教えるわけにはいかない.ですから,例えば筑波にしても他の大学にしても,こういう芸術家にしようという教え方はしていない.それをやったら,学生はそこから出られなくなってしまうんです.僕自身が大学で美術教育を受けた経験がなくて,全部自分で勉強したわけですから,それは十分わかっているんです.だから,教えてよいことと教えないほうがいいことというのはやはりあると思うのです.その代わりにある幅をもってものを見るというか,マルチメディアというのは広がっているように見えて,メディアのなかで収束されているわけです.だからメディアとメディアの関連性を考えるとか,メディアの組み合わせで作品をつくる場合,自分がつくろうとしているものについての内容的な検証をいつも繰り返している必要があるのです.だから,メディアの可能性を教えるのがメディア論なのかというと,そうでもない.例えば神戸芸術工科大学で視覚情報デザインのなかに文化人類学の先生がいるのですが,僕がその先生と一緒に演習をもつ場合に必ずやってきたのは,古い表現,江戸時代に流行したメディアを現代のメディアで検証しながら作品をつくっていくという方法です.例えば影絵とか立版古とか,毎年一つのテーマを考えてやっていました.そうすることによって現代のメディアもそのルーツをたどれば,歴史を学ぶことができ,コンピュータのなかだけにあると思ったらそうではないということがわかる.そこから環境的な広がりを理解することができる.やはりマルチメディア教育というよりも,そのなかにどういう視点をもちこみながら学生に新しい経験をもたせるかという方法論なのです.だからその時代の新しいメディアから成立させた大学というのは,メディアのなかから出られなくなるというのが一番こわいわけです.

 それは一種の自家撞着です.マルチメディア社会が進展すればするほど,総合的な見方,解釈の視点をたくさんもって,いかような解釈も可能な見方を自分で発見する力を育てるということのほうが大事です.もう一つは,本人が創造的な動機を凅らさないで心のなかにもちつづけていれば,いくつになっても新しい感動によって作品をつくることもできます.あるいは何人かの芸術家は突然に筆を折ってほかのことをやって,もまた戻ってくる.そういう人生の経験と必要な自信と生き方と動機を検証する時間的余裕があるものなのだよ,あるいはそういうことも必要かもしれないよ,というような教育をやらないと,メディアの回転のなかに巻き込まれたまま何をやっているか自分自身がわからなくなってしまう,これは避けるべきことです.

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