新たな文化・社会の情報基盤としての次世代インターネット

デジタル経済の可能性

 

青山――次世代インターネットは高速・広帯域化,あるいはネットワーク規模の増大ということで,第一義的には量的転換をもたらすものですが,その量が2桁も3桁も違ってくると今度は質も違ってくるわけです.よく言われる「サイバー・ソサイエティ」ですが,いま実社会にある,学校,病院,図書館,美術館,デパート,銀行などなどがネットワーク上に構築されてどこからでも利用できる社会がくると語られてきました.その夢がインターネットの発展によってSF物語から実現性のある目標になってきております.しかし勘違いしてはならないのは,サイバー・ソサイエティはリアル・ソサイエティを置き換えるものではないということです.
そうではなく,それを補完するものであり,またわれわれの社会生活の選択肢を増やしてくれるものなのです.超高精細画像のディスプレイ上で《モナリザ》を見ても,決して本物を見た感動を与えてくれるものではありません.むしろ,本物を見てみたいという気持ちを起こさせるのがデジタル・ミュージアムの役割でしょう.だから美術館の人たちが客が来なくなるのではと心配するのは杞憂で,デジタル・ミュージアムによって本物を見てみたいという人がより増えるのです.

 このようなサイバー・ソサイエティが成り立つには,その中でお金が回る必要があります.したがって,電子マネーは立ち上げに苦戦していますが,次世代インターネットでは必ず必要になるでしょう.クレジットカードも最初アメリカから導入された頃は特段必要性を感じませんでしたが,いまでは決済だけではなく,その人の認証にも使われていて,それがなければホテルにも泊まれないし,レンタカーも借りれません.インターネット上の電子マネーもある程度の時間はかかるでしょうが,必ず必要不可欠なものになるでしょう.したがって,電子マネーを流通できる品質とセキュリティの実現が次世代インターネットの要件の一つであります.

武邑――リアル・ワールドのなかでは,貨幣の単位というのは当然物理的な硬貨とか紙幣というものによって規定されているわけですから,それ以下の単位というものをなかなか扱うことはできない.ところが,デジタル貨幣は,ミリ単位とかナノ単位まで,計算可能な単位に細分化することが可能です.例えばMP3の楽曲をネットワーク上で分配するときに,それに対するアクセスがきわめて膨大であれば,1曲あたりの価格は限りなくタダに近いかもしれないし,あるいはマイナスというか,むしろ資金が受信者にプールされていく可能性すらあるかもしれない.ネットワーク経済というのは,ある意味で,われわれの物理的実体経済の価値体系とはまったく違う方向に動く可能性もあると思います.

 サイバースペースのなかにおける「引力」や「斥力」の実体は結局,人間の関心とか欲望だと思うんです.その文法を理解したり,その空間地図の捉え方を学び取ってきているのが,いまのフロンティアな部分だと思うんです.次世代インターネットで通常の人間が把握もできない,例えば経験もできないような,現状の1000倍とかいう帯域の中で,何が起こり,何が可能で,どういう欲望が,あるいはどういう関心がサイバースペースの重力を支えていき,共有,運用空間になりうるのか,というようなことを見ていくことが開発側にとっては,強力な先導的空間をつくり上げる構造だと思うんですね.そこにエンジニアも入り,文化も入り,社会も入り,アートも入るというような,ある種の先導的な研究開発環境というのが当然必要になってくると思うんです.

 いますでに始まっているのは,「情報」という単位の産業基盤から,むしろ「知覚」というような単位の社会,産業基盤に移っているような気がするんですね.分裂の法則(Law of Disruption)と呼ぶアトムからビットへの変換期のなかで,新たな知覚の枠組みや編成を提供するのがサイバースペースだと言えます.人間の欲求という変数が重力という関数に置き換えられるようなもので,経済活動もマーケット・プレイスからマーケット・スペースへと変換するように,知覚システムの変化を促すキラー・アプリケーションがこれからのサイバースペースの領海地図を決定するのだと思います.

 いま,サイバースペースをジオグラフィックに,あるいは知識の関心空間構造をどう認識,視覚化するかというような動きが非常に進んできていると思います.ただ,これまでの西欧遠近法的な地図の意味でその世界を把握することはできない.ですから欲望の空間であり,なおかつ物理的電子的な意味では,空間であり重力慣性であるという,この二つの文法が多分サイバースペースを把握する際に必要になってくると思います.その両者の関係のなかで,これから必要とされるアプリケーションの開発が最重要で,その理解は始まっているような気がします.

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