ICC Report

074

アート

インターネットにおけるアート

新たなエコノミーに向けて

四方幸子
SHIKATA Yukiko

JODI《jodi.org》:http://www.jodi.org



1 net.artの出自と命名

 現在インターネットにおけるアートの展開は百花繚乱の様相を呈しているが,これらは大まかに二つのグループに分けることができるだろう.一つは既存のアート作品のデジタル化および情報のディストリビューションなどネットを既存のメディアの代理・応用として利用するもの,もう一つはネットによってのみ可能な表現プロセスを本質的な作品構造として追求・推進するものである.前者には個人や美術館などにおけるヴァーチュアル・ギャラリーが,後者にはいわゆる「ネット・アート」と呼ばれる作品が含まれる.アンドレアス・ブレックマン[★1]によれば,それはそのまま「Art on the Net」と「Art in the Net」の違いとして表現されうるが,本稿では特にネット・スペシフィックな表現である後者とその延長としての新たなネットにおける表現の展開に焦点を当ててみたい.

 周知の事実として確認しておきたいことは,インターネットがアート表現に使用されるほかの物理的なメディアとは異なり,グローバルにネットワーク化されたインタラクティヴかつコネクティヴな情報環境だということである.レジス・ドゥブレ[★2]は「メディオロジー」を,「媒介作用」つまり「記号の生産と出来事の生産とのあいだに介在する作用過程と中間的な諸体(物体,身体,団体)の力動的な総体」と位置づけているが,ここでの「媒介作用」という概念はインターネットにおいても本質的なものと考えられる.またフリードリッヒ・キットラー[★3]は,インターネットを(テクノロジカルなレヴェルにおける)「流出」と喩えているが,この言葉はコンテンツ・レヴェルにおいても適応可能なように思われる.さまざまなジャンルが遍在し,相互流出するインターネットにおいてはアートと非アートの境界でさえ曖昧となり,その判断は各ユーザーに帰せられるからである.ネット・アートはこのようなインターネットの特性を利用し,そこに潜むシステムに戦略的に斬り込む表現として生起したと言える.

 ネット・アーティストのなかでも,「net.art」(ネット・ドット・アート)と自らの作品を表記する何人かの先駆者たち――ヴック・チョーシッチ,JODI,アレクセイ・シュルギン,ヒース・バンティング,オリア・リアリナ,ヴァルテル・ヴァン・デア・クリュエイセンなど――がいる.ネット・アートの初期から相互触発をしてきた彼らの作品をチョーシッチがnet.artと命名したのは97年頃だと思われるが,そこには当時拡散しつつあったネット・アート表現との差別化とともに,すでにノスタルジックな色彩を帯びはじめていた彼ら自身のスタンスに向けられたアイロニカルなユーモアが感じられる(チョーシッチが「classics of net.art」というページを開設したのもほぼ同時期である).

 ブレックマンはnet.artを「一種のハイブリッドなWWW−シチュアシオニズムを展開するもの」と位置づけているが,net.artistたちの存在意義はまさにインターネットにおけるさまざまな規範をずらしていく運動そのものにあったと言えるだろう.例えばJODIは《jodi.org》において,ブラウザやデスクトップ上の表象を徹底的に解体することによってアクシデンタルなプロセスとしての創造性を浮上させ,シュルギンは《Form》において,HTMLコードの形式的要素のみによって構成された画面を自己組織的な展開へと開くことで,メタフレームをコンテンツへと横滑りさせている.

 net.artistが,60年代以降のカウンターカルチャーおよびシチュアシオニストの伝統をもつ英国やオランダ,そして冷戦後もユーゴスラヴィアにおける紛争などにおいて自国および国家間の情報操作に直面してきたスロヴェニアやロシアなど旧東側諸国から輩出していることには理由がある.インターネットがこれらの国でいち早くインディペンデント・メディアとして認識され,短波放送とのリレーやミラー・サイトの設置によって世界への情報発信が積極的に開始されたこと,アムステルダムのPress NowなどのNGOアクティヴィティが,旧東欧やロシアにおける情報発信拠点となった「ソロス・センター」(投資家ジョージ・ソロスの設立した財団)と連携して諸国の情報流通をメディエートしてきたことなどである.

 net.artは,常に高速化,広帯域を志向するメディア・テクノロジーや,インターネットによって推進される米国覇権主義をすりぬける実践として「グローバリティ」という幻想の背後にある文化・社会・政治的差異をあらわにしてきた.このようなnet.artの理念とリンクするものとして忘れてはならないのが,93年より2,3年に一度オランダで開催されている戦略的メディアのための会議「Next 5 Minutes」,そして95年頃から形成されはじめたインターネットのメーリング・リスト(ML)によるネットワーク「ネット・クリティシズム」を標榜するnettime,旧中東欧のメディア関係者のコミュニケーションを促すsyndicate,ネット・アートを推進するrhizomeなどである.これらのアクティヴィティと連携することで,net.art(そして広義のネット・アート)は,既存のアートの枠組みから逸脱しうる表現の場を獲得したのである.

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