特集: 音楽/ノイズ--21世紀のオルタナティブ
架橋される60年代音楽シーン

若い世代の60年代への接近

――いま20代くらいの世代に,音楽に限らず「60年代のことを知りたい」という強い雰囲気があって,60年代に活躍した人を招いたイヴェントが結構うけています.いま90年代が終わり21世紀になろうという時期になぜ60年代に関心がもたれるのでしょうか.

磯崎──秋山邦晴が亡くなったのが一昨年.一周忌が去年あって,その折に会が催されました.そのときに僕は,「結局60年から90年というのはあいだの30年を飛び越えて接続しているのではないか,ある意味で,90年代は60年代を反復する,ということがあるのではないか,それを秋山ならちゃんと理屈で言ってくれるのにな」というような話をしたんです.

 70年代,80年代というのは,国際的に一種の政治的な宙吊り状態だったんです.60年代というのはヴェトナム戦争をはじめとしてどんどん時代が動いていた.90年代というのは,宙吊りが終わってから細かい戦争がたくさん増えてきたわけです.ある意味で言うと,社会情勢の中で70年代,80年代というのは二極対立なものですから,下のほうでちょっとぐらい政治的なことを言っても始まらない.むしろ非政治的であることがよりポジションをはっきりさせた.それに対して,90年代になると,上が崩れ,政治的なものが全部降ってくるんですね.天安門事件もそうだし,ベルリンの壁の崩壊もそうだし,そんなことから始まって民族紛争が起こる.それは,さまざまな細かい政治的な出来事がわれわれの身近な部分に入り込みはじめたということでしょう.それにアーティストはやっぱり何らかのかたちでレスポンスしなければならない.とりわけ建築というのは社会的,政治的でもありますから巻き込まれてしまう.こうした90年代の状況が,60年代もっていた政治と芸術との関係,社会と芸術との関係に近いシチュエーションに──もちろんフェーズは違いますが──もう一度近づいてきているんじゃないかというのが僕の個人的な印象です.ですからいまは60年代というのが意外にリアルに感じられる.60年代にやっていたことがいまもう一度なされつつあるのではないかと思います.

 しかも,いまインターネットを含めたさまざまなメディアと関わるアート,それからヴァーチュアルなものについての議論が進行していますが,じつは僕は60年代の後半に同じことが,テクノロジーのレヴェルにおいて進行していたように思うんです.さっきのビリー・クリューヴァーのような活動といまのメディアやエレクトロニクスを介した活動とが,何かパラレルなように僕は感じられます.それはいま90年代が60年代につながっている一つの関係ではないだろうかという感じがします.

――いわゆる戦後芸術の独自性というアヴァンギャルドの文脈を保てたのは60年代までだったと思うんです.それは政治や社会から一線を画すことで,ある種の強度を謳歌したとは言えないでしょうか.

磯崎──僕の解釈では,「アヴァンギャルド」というのは定義からすると「前進する目標があってそれに到達するために自らが先頭を走る」というものですよね.そうすると,そのやり方でやっていって,「目標に対してもうアヴァンギャルドは行き着いてしまった」というのが68年の象徴的な事件だと思います.われわれの世界で言うと,「ユートピアを構築してユートピアに向かって前進する」という前衛が,「ユートピアは死んだ」という言い方になってきた.つまり,もう目標が消えたわけですね.それがある意味で20年間の宙吊りを組み立てたことにもなるんですけれど.

 それは,20年代から始まった芸術のアヴァンギャルドから,60年代のいまここで話に出ていたような人たちのあいだで,「ラディカリズム」というようなものが生まれてきた.ラディカリズムというのは要するに根源に向かって到達しようという意志ですから,現実としての目標なんてないわけですよ.行き着く先は自滅しかない.その自滅を徹底してアヴァンギャルドの中で押し進めていったから,一切がここで解体してしまった.例えば三島事件にしても赤軍派にしても,やはり60年代の結末だと思うんですが,あれは両極のラディカルが行き着くところまで行き着いたのではないかという感じなんです.ですから「アヴァンギャルド対ラディカル」というその60年代の構図が,はっきりしないまま一遍そこで終わって,その後70−80年代の宙吊りの期間には,「音楽は音楽だけ」「建築は建築」「政治や社会と関係ありません」という一種のアウトノミー,芸術の領域の自立性をひたすら走ることだったのではないか.そのアウトノミーの条件が90年代に崩れた.宙吊りがなくなった.そうすると60年代の二つの対立がもう完全にモドキとして反復されているということですね.擬態みたいなものですよ.アヴァンギャルド風のものもあるし,ラディカル風のものもあって,だけどそれは行動のパターンを把握しているだけの状態ではないでしょうか.だから,ヴァーチュアルな世界やインターネットの世界を組み立てたとしても,モドキを加速させるためのメカニズムとしてもっぱら機能することになる.シミュラークルですからモドキそのものですよね.そうするとシステムはさらにモドキに近くなる.そしてそのモデルには60年代という奇妙な循環構造が想起されます.

一柳──政治や社会と切り離されて過去20年くらいやってきたとしたら,一種の閉ざされた世界の出来事だったために,成熟はしたかもしれないけれど退廃もしてきたとも言えるかもしれませんね.

磯崎──だからもうその中でありうるのは,リファインするとか,形式をより厳密に整理するとか…….

一柳──江戸時代みたいなものですね(笑).だけどそれがかなり閉塞した状況をつくりだしていて,だからそこで,もう少しドロドロした固定的でないものが求められてきているんじゃないかという気がします.

 音楽で言えば明らかですが,70−80年代で細分化,分業化が進み,いい意味でも悪い意味でもプロフェッショナルになってきて,全体性というものが失われてきたわけです.つまりトータルに音楽というものを見る人が誰もいなくなってしまって,例えば作曲家は楽譜という記号を書くだけだし,演奏家は書かれたものをなぞるだけ,という完全なプロフェッショナルになった.両方をちゃんと見渡して,音楽あるいは音と直接関わる人がいなくなるということがだいぶ進行したんじゃないかと思います.だからこそ,60年代のような即興の問題とか,固定化されないものが求められてきていることもあると思います.

磯崎──そういうかたちでいま「この人は90年代に出てきた方法をもっているな」と思われるような人は,音楽の世界でいますか.

一柳──いま言ったような意味で私には作曲だけでなく,演奏やパフォーマンスやプロデュース活動などをしている人のほうに興味がありますが,30代にそういう人が増えてきました.細川俊夫はもう40代になっちゃったけど,あの辺までを含めてですね.建築のほうはいかがですか.

磯崎──建築はいま改めて二つ流れが見えはじめています.一つは,コンピュータがつくるかたちを建築にどう応用できるかということを一所懸命やりはじめている連中がいます.ここら辺の連中は,まだものはできてないけれど,だいたい関心が集まりつつありますから何かいずれやるでしょう.これに対して,もうちょっと実務的に経験がある連中ではありますけが,もう一回素 材 感みたいなものをひたすら押し出したい,動きそうにない物自体に建築をなんとか持ち込みたい,という反対の極が一方にあります.これが90年代の後半に生まれはじめている二つの流れだと思います.後者は世代的には40代の前半くらい,前者が20代から30代,という感じでしょう.それは全世界共通ですね.

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