ICC Review
ARAKAWA/GINS Exhibition マクルーハンを超えて
Beyond McLuhan

末廣伸行
SUEHIRO Nobuyuki

ICC公開研究会
――マクルーハン・プログラム・テレビ会議
1998年1月13日,20日,2月3日
ICCギャラリーD
Monday Night Seminar in ICC
January 13, 20, February 3
ICC Gallery D

インターネットの誕生と成長により「電気・電子メディアによって人間の中枢神経が地球規模に拡張される」というマーシャル・マクルーハンの理論が,「地球村」というあまりにも楽天的な幻想はさておき,30年の時を経て再び現実的な意味をもちはじめた.インターネット,特にワールド・ワイド・ウェブは双方向性,時間的空間的制約からの解放などの特性において,既存のメディアとはまったく位相を異にする.「メディアはメッセージである」とするマクルーハンの言説から考えると,メディアが拡張し新たなメッセージが登場したことになる.マクルーハンの理論を現在の文脈から再検証することにより,ネットワーク上の情報環境におけるメディア・リテラシーの生成,知の方法論の探究,さらにコミュニケーションを阻害する諸問題の抽出と解決策が得られる可能性があるのではないか.

マクルーハンの死後,その研究を継続するため,1983年,トロント大学情報研究学部にマクルーハン・プログラムが設立された.専門分野を超えた研究者が参加し,アカデミズムの枠にとらわれず,コミュニケーション技術の心理的・社会的影響に関する研究を行なっている.マンデー・ナイト・セミナーは,1960年代にマクルーハンによって始められ,現在も一般公開の無料セミナーとして,毎週月曜日の午後7時30分から開かれている.

今回のICC公開研究会「マクルーハン・プログラム・テレビ会議」は,ISDNのテレビ会議システムを使用して,東京のICCからトロントのマンデー・ナイト・セミナーに参加.3回にわたりトロントと東京,そして初回にはパリを含めた3地点を結んで開催された.各回のテーマは「コネクテッド・インテリジェンスと文化」「コネクテッド・インテリジェンスとビジネス」「コンピュータ社会に向かっての言語の変革」である.

コネクテッド・インテリジェンス

マクルーハン・プログラムのディレクターであるトロント大学のデリック・ド・ケルクホヴ教授は,マクルーハンの理論を発展させ,コネクテッド・インテリジェンス(結合知)という概念を提案している.「インターネットが全世界的に普及した現代においては,人間の知性は個人の脳機能に限定されたものではなく,それぞれの知性がネットワーク化されたコネクテッド・インテリジェンスとして,新たな知性の段階を迎えつつある」.それは,「複数の知性を同時に巻き込んだ,高度なコミュニケーション・システムによって機能する状態」で,「個々の独立した知性がより高次元で結びつくことで,問題解決が可能になる」と捉えられている.

コネクテッド・インテリジェンスは東洋の「集合知」に近い概念と考えられるが,集合知は,例えば時間や空間を超えた異文化の創造的観察行為による受容であり,その背景には,制度化・共有化された暗黙知の存在がある.コネクテッド・インテリジェンスは論理的・合理的であり,限定された目標が設定可能なビジネスなどには効果的な技術かもしれない.しかし,ときとして明示知より暗黙知に左右される芸術,宗教,政治,環境などの諸問題に関しては,新たな知の交感装置の生成が必要とされる.

今回の会議でも何度か話題に上ったコンピュータ社会でのアルファベットの優位論は,多分にその曖昧性を排除した抽象化に基づく論理性,および機械の情報処理能力に論拠をおく.しかし人間の認知や理解の構造,あるいは明示知から暗黙知へという視点にたてば,一概に漢字などの表意文字は切り捨てられない.コミュニケーションの効率優先主義は世界の言語の一元化を招来させるだろうが,結果としてもたらされる文化の均質化や過去の遺産の放棄を容認することはできない.コネクテッド・インテリジェンスの観点からしても,文化の多様性は不可欠な条件のはずだから.

メディアとしてのテレビ会議

テレビ会議はメディアであり新たなメッセージそのものである.そして,テレビ会議はコネクテッド・インテリジェンスの生成の場にもなりうる.しかし現在のテレビ会議は,情報通信システムやコンピュータなどのハードウェアの急激な進化にもかかわらず,新たなシステムを活かす制度を構築できていない.今後の課題としては,まず参加者が会議そのものに集中できるように,会場間の快適なアクセスを可能にし,機械の存在を感じさせない熟達したシステム操作技術が必要である.

次に遠隔地で時差のある空間を画面というインターフェイスで接続し,共有の空間として利用するために,情報装置としての会議空間を設計しなければならない.会場内のさまざまな物質的構成要素や照明計画だけでなく,参加者同士の位置関係,画面上の大きさ・解像度などの条件も考慮してデザインしなければならない.なかでも画面を隔てた相互の距離感や視線の方向は,コミュニケーションにおいて場合によっては言語以上に重要な意味をもつ.エドワード・T・ホールが『沈黙のことば――文化・行動・思考』(国広正雄訳,南雲堂,1989)で著した言語としての空間使用であり,ホールの提供した「プロクセミクス(近接学)」をこの現実空間と映像空間が相対し連結するテレビ会議と言うメディアに導入することで,有効なコミュニケーション・チャンネルを加えることができるかもしれない.

さらに会議の進行に関して,目標に最適化した全体のプログラミング,言語の通訳だけではなく暗黙知をコミュニケーションするためのデザインが望まれる.すなわちテレビ会議のための複合感覚を基にした,可変的な制度を構築する必要がある.

すえひろ・のぶゆき
1949年生まれ.情報デザイン.武蔵野美術大学,多摩美術大学非常勤講師.

目次ページへleft