IT革命の本質とITベンチャーへの期待
――日本の選択/ビジネス・モデル特許/地球温暖化

米国と北欧諸国に共通した成功の理由は,国家が次の社会のヴィジョンを明確に示し,企業が積極的に人材や資金を新しい分野に移したということです.日本は残念ながら,明確なヴィジョンを描くことができず,その結果,ITという最も有望な分野で立ち遅れた今日の状況があるのです.

武邑──日本における非常に精緻な工業社会の成熟が,かえって情報社会への転換を妨げているわけですね.20年前なら,生産手段の集中,流通あるいは業務の集中管理などは工業社会にとっての非常に大きな利便性として受け取られたと思います.ところがIT革命は,工業社会の伝統的な価値観そのものを麻痺させていきます.こういう変化の加速度が非常に高まってきている状況の中で,月尾先生はIT革命を日本の選択という視点からどのようにお考えでしょうか.米国の「フロンティア」,北欧の「切り捨て」に対し,日本はいかなるヴィジョンを持つべきでしょうか?

月尾──まず政治,行政,経済,教育など日本の社会はあらゆる面で,歴史観を明確にする必要があると思います.1948年にノーバート・ウィーナーはサイバネティックスという概念を提出し,社会には二種類の結合 (coupling)があると喝破しました.一つはエネルギー的結合(energetic coupling)で,複数の人々の関係がエネルギーによって結合される社会です.もう一つは情報的結合(information coupling)で,情報によって結ばれる社会です.そして従来のエネルギー的結合中心の社会を情報的結合社会に転換することが重要だと予見しました.

実際,今日の世界の経済で,エネルギー的結合による経済は年間に30兆ドル程度ですが,情報的結合による経済は10倍の300兆ドル程度といわれています.就業人口で見ても,エネルギー的結合の産業である一次産業と二次産業は日本でも30パーセント程度で,残りの70パーセントは情報的結合による三次産業です.相変わらず政府が経済対策として土木事業などの二次産業に予算を投入しているのは,長期的な歴史観がないからです.早く情報的結合の三次産業へ重点を移さなければなりません.そのためには,政治や経済のトップに立つ方々が,北欧諸国がやったように,過去のことを切り捨てて,次の社会へ移行する努力をすることが重要です.

本日のもう一つのテーマであるベンチャー・ビジネスは,まさに情報的結合の分野で頑張っています.それらのベンチャー企業を個々に見ればめざましい成果を上げているところもありますが,全体の経済や雇用の規模から見ると,わずかなウエイトでしかありません.勢いのいい青々とした草が生えてきたとしても,大草原の中ではまだまだ限られた量でしかない.大草原全体が青々とした草に変わることが重要です.


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