Feature: Diagnostics of the 20th century


戦争のエポック/芸術のメルクマール
The Epoch of War/Monuments of Art

高島直之
TAKASHIMA Naoyuki



VIII ―1990
ポスト冷戦の時代:
「見ること」の収奪と近代科学

1991年に勃発した湾岸戦争は,20 世紀の軍事史を画する「ハイパー・ウォー」であった.近代兵器と電子機器を使用する空爆戦は,局部攻撃でありつつも地を焼き尽くし,戦闘開始から数時間後にイラクの軍事能力を無にした.最少限の死傷者で攻撃効果を最大限に拡大し,相手の戦闘能力を圧倒するのは,スマート爆弾や巡航ミサイル,ステルス戦闘機などの電子兵器であり,この米軍と多国籍軍の航空機は1日平均2500 回戦闘出動し,計200万の兵士が砂漠で向き合い,多国籍軍の戦死者は約350 人,イラク軍の戦死者は10 −12 万人に達した.この戦争でたとえられたのは「外科手術的戦争」というもので,偵察衛星でガン細胞を発見し,メスを使わずレーザー光線で治療し,その部分だけがえぐりとられる手術法である.この衛星映像は,現地で見るのと変わりがないという意味で,さらなる「見ること」の収奪が行なわれている.

90 年の統一ドイツの誕生,91 年のボスニア=ヘルツェゴヴィナ共和国独立,ソ連の消滅=独立国家共同体(CIS )の誕生,またマーストリヒトでの欧州連合(EU )の合意に始まる90年代(いま,これらの事象の未来を予測しにくいのはむろんのこと)には,コソボ,東ティモールなどでの衝突における国連軍・多国籍軍の「人道的介入」はさらに問題を広げている.また,ヴェトナム戦争から湾岸戦争にいたる過程で露わになった「見ること」の収奪は,この時代のアートとテクノロジーに重要な課題を突きつけている.


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