日本のリアル

人間はなかなか壊れない

香山──私は最近よく,ゲームやインターネットを患者さんと一緒にやるんですが,「そういうものは悪い」と言われるのがすごく嫌なんです.つまり,「ゲームが子供に悪影響を与える」とか「犯罪を助長する」とか,やってもいないのに言う人が嫌いですね.自分がゲーム好きだから(笑).ゲームが子供に悪いという論理が嫌いなのは,そもそも,現実は唯一無二のもので素晴らしい,現実の価値は絶対であるといった考えに根ざしているからです.「現実の世界のなかでいいことをしたりお金を儲けることが素晴らしいから,学校に行かないのはよくない」とか,「仮想現実のせいで素晴らしかった現実が侵食されてしまった」という考えが嫌だったのです.「仮想現実のなかでだって,思索したり成長したりできれば十分価値があるじゃないか」ということを何とか言いたくてやってきたんですけれど…….

 でも,現実は最初の私の予想と違っていて,仮想現実の世界で何年か暮らしてそこでエネルギーが充填されると,みんな現実世界に出ていこうとするんですよ.仮想現実と言われる世界のなかで,お金儲けができるようになったりインターネット・スクールができたりして,そのなかで完結してサクセスしていくことが可能になっていけば,価値観の逆転が起こると思います.不登校だけれどすごいお金持ちの子なんてさぞかし愉快だろうと思っていたんですけれど(笑).私がいま診ている人たちは,そういうことを目指さずに,「ウェブで知り合った人に今度会いに行ってみます」とか言い出したり,学校へ行くようになったりして,やっぱり現実に顔を出してみたいのかな,と思いました.

村上──そこで突き抜ける人は,あまりいないんですね.

香山──そう.わたしはそちらを充実させていくべきだと思ったんです.そうしたら,引きこもりとか不登校の子たちにある意味で活路が開けるんじゃないか,と.彼らのあり方としては何も変わらないまま,状況が変わることによって,彼らの病のあり方自体が変わってしまえばそれでいいんじゃないかと思ったんですが,いまのところちょっと違うようですね.でも,彼らが顔を出している先が本当のリアル・ワールドかというと,さきほども話題に出たように「現実なのに遠近感のない絵みたいな世界だった」というようなこともあるわけだから,本当のところはわからないですが…….

村上──ヴァーチュアルとリアルとのあいだの壁が取り払われないんですね.

香山──二項対立構造としてまだあるのかな,という気もします.

村上──村上龍の『ライン』って小説はお読みになりましたか? 『ライン』を読んだときに,ヴァーチュアルとリアルが,きちんと表現として本のなかにあるんですよ.それで驚いちゃって,まさに僕が言葉にできなかったことを全部言ってくれていて,ヴァーチュアルでもないしリアルでもない,もちろんフィクションなんだけど,ノンフィクションでないとも言えなくない,というような.とにかく,設定がしっかりしているんです.村上龍もちゃんとそこを覗いたんだろうな,というのが読めるんですね.何とも言えない密着感があるんですね.『トパーズ』の後が『ラブ&ポップ』というのはすごくわかる.でも『ラブ&ポップ』は庵野秀明によってやっと完結できたんだけれど,『ライン』はちゃんと,変なところにポジショニングされているんですよ.それがすごくいい感じで,それこそが日本のリアルだな,と思えました.ごろっとただ横たわっているのが逆にスピーディに見えたりして.『ライン』は,「静止したスピード感」というのがすごくリアルだったんです.ヴァーチュアルという空間は,多分ビジネスとして「ヴァーチュアル」という言葉を使うとある業種がにぎやかになるから使っているとしか思えなかったし,そういうことではなくヴァーチュアルを全部取り込めるだけのタフな入れ物が人間だと思ったときに,クリエイションの必然性が突然立ち上がってくると思うんです.

香山──でも,人間はタフなんでしょうか?

村上──よくわからないですが,タフじゃなさそうに見えても人口はどんどん増えているし,やっぱり動物として,競争力はいまあるでしょう.

香山──でも最終的には,「種の保存」だけはヴァーチュアルだけでは無理なわけでしょう.

村上──うーん.限界突破を何かのかたちでフィジカルにしていくわけですよね.だから,ヴァーチュアルも何もかもフィジカルにくわえ込んでしまうくらいタフなんじゃないかと思いますけどね.個人個人の弱さは抜きにしてですけれど.だって山本周五郎の『赤ひげ診療譚』の時代とかに比べれば,みんなすごく健康じゃないですか.人間はなかなか壊れないという気がしますが.

香山──それはすごく明るい話ですね.いまはみんな「弱くなった」とか「病んでいる」と言う人が多いじゃないですか.「昔に比べていまは健康になった」なんて言う人はいませんよ(笑).

村上──さきほど言ったように,僕はオウム真理教の騒動に乗り遅れて以来,なんか他の人とずれているんです.オウムのときまでは僕はみんなと同じ意見だったの.だけどいまは,僕だけ違う.日本人が弱まっているというのは,対アメリカとかいう視点で見れば確かだと思う.国というシステム同士で考えると,対決したら日本人はまっさきに殺されるんだろうなあと思うと,くやしいですが…….いま何か勝てるアイディアを探していて,その答えはアートにあるって思ってるんですよね,僕は. Z

[1999年10月17日,ICC]


むらかみ・たかし
1962年東京生まれ.
東京芸術大学美術学部日本画科博士課程修了.
ニューヨークと東京を行き来してアート活動を行なう.
「ふしぎの森のDOB君」(パルコギャラリー,1999),「The Meaning of the Nonsense of the Meaning」(バード・カレッジ・ギャラリー,1999)ほか展覧会を多数開催.
かやま・りか
1960年生まれ.
精神科医.
神戸芸術工科大学視覚情報デザイン学科助教授.
著書=『リカちゃんのサイコのお部屋』『自転車旅行主義』(以上,ちくま文庫),『リカちゃんコンプレックス』(ハヤカワ文庫),『テレビゲームと癒し』(岩波書店),『インターネット・マザー』(マガジンハウス),『〈じぶん〉を愛するということ』(講談社現代新書)ほか.

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