ICC Review

ICC Review

来たるべき世界のテクノロジーに
必要なものは何か

What Is Required of Technology
in the World-to-Come ?

岡村多佳夫
OKAMURA Takao

「共生する/進化するロボット」展
1999年1月29日−3月22日
ICCギャラリーA, D
シアター

"Co-habitation with the Evolving Robots"
January 29−March 22, 1999
ICC Gallery A, D
Theater



アメリカにデジタル・アートに関する『ArtByte』という雑誌がある.
その1999年2−3月号(第1巻第6号)におもしろい記事が掲載されていた.それはイェール大学で20世紀の文学と文化を教えているローラ・フロストによるもので「欲望の回路──テクノ・フェティシズムとジェンダーのミレニアル・テクノロジー」と題され,伝統的なフェティッシュ・ファッションとテクノ・フェティッシュの違いについて語っている.そのなかで彼女は,「新しいテクノロジーがエロティックな想像力に火をつけた.ヴァーチュアル・リアリティが創り出されたとき多くのジャーナリストが発した最初の質問は何であったか? 『それとセックスできるのか?』」と示しつつ,テクノロジーが性的な語彙に侵入してゆくなかで,その最も精巧な例としてテクノ・フェティシズムをあげている.そして,今日テクノ・フェティシズムに注がれる幻想は基本的に男性のものであるが,その装いを少しばかり変えていくだろうという彼女の結論の当否は別として,私たちは本当にテクノロジーと,もしくは機械とセックスできるのだろうか.あるいはそれらと人間同士におけるような感情としての愛をもてるのだろうか.一方機械は,アルフレッド・ジャリの小説『超男性』(1902)に現われる愛の機械のように人間に恋するのだろうか.そのとき私たちは超男性のように機械と結ばれあって一体となるのだろうか.

いずれにせよ,私たちはテクノロジーにさまざまな幻想を含めて,なにものかを求めてきた.そして,私がなぜローラ・フロストの文章について長々と触れたかというと,そこにはまさにテクノロジーと人間の相互交流(インターコミュニケーション,もしくはインターコイタスというべきか)についての問題が含まれているからだ.

さて,今回の「共生する/進化するロボット」展もまた,そのような追及と問題の一端が概観され,なかなか興味深い展覧会となっていた.ただ,ロボットの定義そのものがいくつかの要素をもっているために,展示された作品もまた,アーティスティックなもの(ヤノベケンジ,高橋士郎など),《WABOT》のような人間型のもの,あるいは《MINDSTORMS》のような教育教材,さらには《知的車椅子》《完全自律搬送車》などさまざまな領域にわたっている.

ところでヤノベの作品《アトム・カー》をロボットと見做すかどうかは別として,この作品は放射能を関知して退避行動をとるが,自らの意志でそれを行なうわけではない.動かすためには金を投入しなければいけないのだ.しかも,このラジコン的性格を備えた車は,放射能を10回浴びたら全機能を停止してしまう.それは,彼がかつて制作した《アトム・スーツ》と同様に,自らを防御するためにはより攻撃的な装いや道具を備えようとする次の世代のある種の表現者の考え方とは遠いところにある.いずれにせよ,この遊戯的感覚をもつ車は,攻撃性の欠如,あるいは隠蔽という最近のテクノロジーを使用した表現の多くに見られるものと通底する.そして,それによって,私たちは作品あるいは製品により近づくことが可能になっていく.そのすぐれた例の一つが,高橋士郎の《バボット》だろう.人に危害を加えることのないこのロボットは,まさに今回の「共生」という言葉と結ばれていく.

とはいえ,ただ受容するだけが「共生」を生み出すわけではない.それらを使用する,あるいは向かい合う側の人間の想像力も要求されるのだ.そのような意味で,目的はまったく異なるが,《MINDSTORMS》や《完全自律搬送車》などに興味を引かれた.もちろん,今回出品されたものの多くが開発途上であったり,商品化されていたりするが,それらを前にして,来たるべき世界においてテクノロジーがどれほど私たちの生活のなかに入り込み,影響を与えていくかを含め,さまざまに考えさせられた展覧会であった.


Photo:会場風景
本展はヤノベケンジ,高橋士郎,スイス・ローザンヌ連邦工科大学,早稲田大学ヒューマノイドプロジェクト,株式会社AAIジャパン,セイコーエプソン株式会社,ATR知能映像通信研究所,マイクロソフト株式会社,レゴジャパン株式会社らの合計13作品とSurvival Research Laboratoriesのドキュメンタリー上映を基本に,展示作品に関連したシンポジウムやワークショップが随時開催され,作品展示だけに留まらない立体的な展開が試みられた(詳細は後出のICCレポートを参照).会場構成は建築家の入江経一が担当.開放感のあるICC5階の展示空間を活かしながら展示室全体を青い光りで満たし,天井から吊るされたプラズマ・ヴィジョンに作品解説を映し出すなどの工夫も施された.

おかむら・たかお
1960年東京生まれ.
東京造形大学教授.美術史家.
著書=『ポスト・ホップ・アート』(スカイドア),『スペイン美術鑑賞紀行』(美術出版社),『ガウディ』(美術公論社)など.

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