ICC Report

アナ・デイヴィス&緒方篤

アナ・デイヴィス&緒方篤
《行こうか,行くまいか》

1998年6月26日−7月12日
ICC 5Fロビー



ヴィデオ・インスタレーション 《Should I go or should I stay?(行こうか,行くまいか)》は,現在共にオランダ・アムステルダムに在住する二人のアーティスト,アナ・デイヴィスと緒方篤のコラボレーションである.

アナ・デイヴィスは,オーストラリア出身の新進女性ヴィデオ・アーティストであり,緒方は主にヨーロッパを中心として活躍する中堅ヴィデオ・アーティストである.両者は昨年よりコラボレーション活動を始め,今秋のオランダ・ステデリック美術館へ出品予定の作品として本作品を構想・制作中であったが,今回来日を機に,その制作プロセスにおけるプロトタイプともいうべき本作を,ICCの5階ロビーにて展示,発表したのである.

本作品は,基本的には四つのパートに分かれたヴィデオテープ作品である.雨に濡れた地面に反射した寄り添う男女の影を写した映像,雪の中を歩く狐の姿を撮った映像,炎の映像のアップ,小さな子供と母親らしき女性が遊ぶ古いフィルムからの映像の4本であり,それぞれ画面にはエフェクトがかけられ,1分ほどの長さで繰り返される.そしてそれぞれの映像には,作家両名による短いナレーションが日英2か国語で吹き込まれている.

テープは,高さの異なる台に取りつけられたプラズマ・モニターからループ上映され,各モニターは5階ロビーを取り囲むように距離をおいて設置された.その個々の映像から何らかの具体的なメッセージを受け取ることは難しい.いずれも断片のような映像が繰り返されるのみである.強いて言えば,その対象の写された“時”の不明瞭な記憶を追体験するものとも言いえるだろうか.

それに重なるナレーションもまた,男女の断片的な会話である.お互いの行動に対するすれ違いを意味するそれは,あるテープでは男が行動しようとし,女が引き止める.またあるテープでは女が行動しようとし,男が引き止める.一種のメロドラマ的印象すら受けるそのナラティヴな対話は,それぞれの映像とのおぼろげな連関を差し示すにすぎない.これらの音声はかなりのヴォリュームで再生されたため,ロビー内で反響し,あたかもあちこちで大声で男女がランダムに対話を繰り返しているかに聞こえた.

観客はそれぞれのモニターの前に行き,その対話を注意深く聞き取ろうとするが,隣のモニターからの対話にも興味をひかれ,そぞろな気分で,四つのモニターのあいだを行きつ戻りつする.その主体も時間も空間も明確ではない各テープの連関を,観客に考えさせ,ある種の不安定な“物語”を想像させることが,作者のテーマと言えるだろう.

そこではいわゆるオブジェとしてのインスタレーションという性格は希薄であり,四つのヴィデオテープ作品の提示の形式としての,物理的空間を確保している印象を受けるものであった.すなわち,この作品はあくまで「テープ作品」として固有の空間からは自立したものと感じられたのである.

しかし,これは必ずしもマイナスな印象ではない.ある意味でICCの展示においては数少ない,オーソドックスなヴィデオ・アート作品として新鮮な印象を受けたこともここで強調しておきたい.

なお,7月3日には両作家によるギャラリー・トークも行なわれ,本作品以外の両者の近作も紹介された.

[後々田寿徳]

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