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特集/20世紀のスペクタクル空間

 

動き始めたアンビシャスなノードたち
ZKM(カールスルーエ・アート・アンド・メディア・テクノロジー・センター)

 メディア・アートの創作,それを支える先端テクノロジーの研究開発,そして作品の展示・公演をひとつ屋根の下で行なうという,新型文化施設のモデル的存在となっているのがカールスルーエのZKMである.母体が設立されたのは8年前の1989年.折しも壁崩壊の年だった.

 当初,この施設の計画は国際コンペという打ち上げ花火によって脚光を浴び,欧米のスター建築家たちが斬新な構想を競い合った.オランダのレム・コールハースの案が優勝し,当時いわゆる「アンビルト」(革新的なプロジェクトは高い評価を得ているが,実際には自分のデザインしたものが建設された経験がまだない)だった彼にとって初めての大規模建築に期待が集まった.ところが,建設工事の開始直前になって野党の建設反対運動が持ち上がり,施設の新築はあまりにも贅沢がすぎると,計画ごとオシャカになってしまったのである.結局,準備室はとりあえず既存のスペース3カ所に分散して活動を始めることに,と波乱の幕開けとなったが,今年10月,ZKMの全機能が改装された古い工場建築に集まり,正式にオープンする.

 ZKMはバーデン・ヴュルテンベルク州とカールスルーエ市が半々で出資する,完全にパブリックな財団である.ドイツでは,あらゆる文化施設や科学研究機関がほぼ完全にパブリック・マネーで設立され運営されている,という日本とはかなり違った状況にある.財団設立の趣旨は「従来のアート表現形式(美術,音楽,視覚芸術)と新しいデジタル・テクノロジーを融合させ,その成果をあらゆる人々に有効利用してもらうこと」.ZKM自体が市民に開かれたメディアになろうとする意識が強いのは,ドイツの社会状況や政治的風土の反映でもあるのだろう.

「新しいデジタル・テクノロジーを融合させ」るためには,地元企業とも国際企業とも熱い関係を築かなくてはならない.なにしろ,テクノロジー環境をつねに最先端の状態にしておかなくてはならないのだ.今のところ,地元のソフト・メーカーとの共同プロジェクトもあるし,ジーメンスやドイツ・テレコムとは,近い将来ヴァーチュアル・リアリティの開発で共同体制に入ることが決まっている.だが,ドイツ国内の企業は一般的にはZKMへの理解度がまだまだ低い.タイアップが利益につながることへの理解と意欲は,オープニング以降に高まっていくはずだとZKMは期待しているが,現状は極めてアート寄りであり,それに比べるとテクノロジー面は弱い.これはZKM自身の認識でもある.

 さて,この新型マルチ文化施設は6つの施設の複合体だ.メディア・アートの創作とテクノロジーの研究開発を行なう「視覚メディア研究所」と「音楽と音の研究所」,パフォーミング・アートのための「メディア・シアター」,新旧のメディアを扱う「メディア・ミュージアム」と「メディアテーク」,そしてここがちょっと意外で面白いところだが,ZKMからみれば伝統的なアートを見せる「現代美術館」もある.これらが並行して独自の活動を進め,10月のオープニング以降は,すべての部門が一般の訪門客にも公開されることになっている.

 それでは,6つの施設をナヴィゲートすることにしよう.

◆視覚メディア研究所(The Institute for Visual Media)
 最先端技術を装備した実験・研究・創作機関である視覚メディア研究所は,いわばZKMの中枢である.ビデオ,CG,コンピュータ・アニメーションからインタラクティヴなマルチメディア・インスタレーション,CD-ROM,VRシミュレーション,テレプレゼンス・コミュニケーションにいたるまで,デジタル・アートの創造を通してクオリティの高い視覚メディア技術を開拓するのが目的である.アーティスト・イン・レジデンスとして世界各国から招待されたクリエイターたちがここでの技術とブレーンを使って新作を作っていると同時に,地元カールスルーエの大学や研究機関,ドイツ省庁などとタイアップしたZKM独自の共同開発プロジェクトも進められている.フランクフルト・バレエ団のウィリアム・フォーサイスが開発中のデジタルなダンサー養成所「即興のテクノロジー」も,この研究所との共同プロジェクトだ.

 これまで,ここで創作された招待アーティストの作品はZKMの国際イベント「ムルティメディアーレ(MultiMediale)に出品されており,世界各地の展覧会で紹介されたものも少なくない.ただし,今年のオープニング以降は,新しいシステムによって招待アーティストや制作作品が決定されていく.

 テレプレゼンスのプロジェクトには,ZKMと似たような国内外の文化施設が参加することになっている.ドイツ・バベルスベルクのハイテク・センター,フランスのル・フレノワ国立現代アート・スタジオ,そして日本では今年4月に施設がオープンするICC.さらにアメリカのグッゲンハイム美術館ソーホー分館をはじめ,世界各地のミュージアムがZKMとの交信ネットワークに加わる予定だ.

◆音楽と音の研究所(The Institute for Music and Acoustics)
 電子音楽の創作,音の伝達に関する実験・研究が,招待アーティストや科学者たちによって行なわれる.最新鋭のレコーディング・スタジオもあり,オープニング以降はここで制作された作品がCDとして定期的に出版される予定だ.パリのIRCAMなど同様の機関とアプリケーションをシェアするという関係も持っている.

◆メディア・シアター(The Media Theater)
 マルチメディアを使った実験的なパフォーマンスが行なえるハイテックな劇場で,ZKMで制作された作品もここで上演される.

◆メディア・ミュージアム(The Media Museum)
 コミュニケーションの歴史,新旧メディアの発達,メディア・テクノロジーの構造と機能に親しむための……とくるとおカタい科学博物館っぽいが,実際はそうでもない.このミュージアムの自慢はインタラクティヴ・アート・ギャラリーで,インタラクティヴなメディア・アート作品の国際的なコレクションはここが世界第1号だという.ヴァーチュアル・リアリティ・ミュージアムにはオリジナルのVRインスタレーションがたくさん置かれ,娯楽性の高い学習体験ができる.

 1994年,視覚メディア研究所とともにスタートさせた「マルチメディア・ラボ」では,アーティストとマルチメディアのプログラマーによる共同制作や,インタラクティヴ・アプリケーションの開発が活発に行なわれている.

◆メディアテーク(The Media Library)
 メディアの図書館.世界から集められたビデオ・アート,現代音楽,20世紀芸術にかんする書物がコレクションされており,もちろんデータベース化もされている.

◆現代美術館(The Museum for Contemporary Art)
 いわゆる伝統的な形式の現代アート,つまり美術,彫刻,写真が,電子メディアによる新しいタイプのアートとともに展示され,コレクションされる.とはいえ,従来の美術館では過小評価されてきたビデオ彫刻やインスタレーション,ハイパーメディア・インスタレーションの映像作品に当然ながら重点が置かれている.コレクションの一部はすでにインターネットに乗っている.

■ZKMホームページhttp://www.zkm.de

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