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マルチメディア・データベース

デジタル映像アーカイヴとマルチメディア・データベース

[マルチメディア・データベース]  画像,音声,動画像などのデータを集積して分類や検索を行なうための,いわゆる,「マルチメディア・データベース・システム(Multimedia Database System)」とは,一体何なのだろうか? われわれは,現在,このような目的に十分活用できる基盤的なソフトウェアを有しているのであろうか? 「データベース」という概念自体,この分野の研究者や専門家が持っているイメージと,専門家以外の人々が持っているイメージは大きくかけ離れている.専門家は,ある「データ・モデル」を用いて,応用からは独立した形で組織化したデータ群をデータベースと呼び,非専門家はデータ・ファイルの単なる集まりをデータベースと呼びがちである.「マルチメディア・データベース」という概念も同様の状況であり,多くの人々がそれぞれ異なるイメージでマルチメディア・データベースを語る時,そこにはかなりの混乱が生じるのが常である.World Wide Web上で活用できるマルチメディア情報は,もうこれだけで十分にマルチメディア・データベースと呼んでもよいという声もある.

[データ・モデルとマルチメディア・データベース]
 データ・モデルとは,集積されたデータ群をどのように組織化し操作するかを規定する枠組みである.例えば,リレーショナル・モデルは,データを平坦なテーブル構造で表現し,集合的な検索操作体系が規定されている.また,昨今盛んになっているオブジェクト指向データ・モデルは,データを,レコードや集合や配列といった多様な構造のオブジェクトや,さらにはこれらのオブジェクトの複雑な入れ子構造で表現し,操作はこれらのオブジェクトと一体化され,いわゆるカプセル化がなされる.オブジェクトの持つ構造に応じた操作が同一のメッセージで指示できるというのが大きな特徴である.マルチメディア情報の構造の多様性といった観点から,リレーショナル・モデルは構造が平坦すぎて不十分で,マルチメディア・データベースにはオブジェクト指向モデルが適しているといった議論がある.しかし,次に述べるように,マルチメディア・データベースの構築を考える上では,このような単なるデータ・モデル論だけでは解決し得ない重要な課題が山積している.

[デジタル映像の内容記述と構造化・組織化の仕組み]
 これまでのデータベース・システムのパラダイムは,まず「構造ありき」というところから出発している.一方,デジタル映像などの情報を有効に活用するには,その中身が何であるかを何らかの手段で記述しておく必要がある.例えば,適当なキーワードを付けるとか,属性情報を付けるとか,さらには,映像の意味を記述するという必要性がある.ところが,映像の内容自身は,見る人の視点や立場によって極めて多様であり,このため,デジタル映像群をどのような構造に落とし込むかをあらかじめ決定するのが至難の技となる.つまり,「まず構造ありき」ではなく,「まず中身ありき」で,その内容に関する情報は時間的に進化するとともに,利用者の多様な視点をサポートしなければならない.つまり,時間とともに構造が成長発展するような新しいデータベースの枠組みを作らねばならない.この意味では,マルチメディア・データベースにはオブジェクト指向がよいなどという話は通用しなくなる.また,内容記述を行なわなくても,映像のコンテンツ自身によって,類似映像をクラスタリングしたり検索する技術も重要である.最終的には,キーワードなどの内容記述情報と,映像コンテンツ自身の情報の両方を用いたデジタル映像の組織化・構造化を行なう仕組みが必要となろう.

[デジタル映像検索エンジン]
 インターネット上では,現在,巨大な索引機能と情報探索ロボット機能を持つ「検索エンジン」が話題になっている.これらの検索エンジンは,極めて有効なツールだが,基本的には,文字ベースの索引システムであり,現在いろいろなところで発信されている映像データには役立たない.デジタル映像を扱う検索エンジンが登場した時,World Wide Webは真の意味でのマルチメディア・データベースとなるのかもしれない.

[アクセス権管理と著作権管理]
 データベースにおいては,データのアクセス権や著作権という問題は無論重要なテーマであり,これまで,このための技術開発や法的整備などが行なわれてきたわけである.しかし,内容がデジタル映像となると,やはり従来のアクセス権管理技術では不十分なところが多い.これまでのデータベースのアクセス権管理技術は,見せたくないデータは全く見せないというall or nothingの世界であった.だが,デジタル映像の場合は,あらかじめ見せなければ利用したいかどうかがわからないが,見せてしまうと違法にダウンロードやコピーが行なわれてしまう.そこで,all or nothingではなく,「少し見せて気に入れば購入手続きを経て完全に見せる」といった管理機能が重要となろう.

[データベースのパラダイム・シフト]
 以上のことを踏まえ,筆者は,今データベース技術自身が,マルチメディアやインターネットとの関連から,大きなパラダイム・シフトを必要とする時代を迎えていると考えている.ソフトウェア技術はその誕生から実用までに実に長い期間を必要とする.読者は驚かれるかもしれないが,リレーショナル・データベースは誕生から本格普及までに15年程度を要した.つまり,今,われわれが実用レベルで使っている大半のソフトは,1970年代のパラダイムをひきずったものなのである.この意味では,15年後の2011年のマルチメディア・データベース・ソフトウェアのフレームワークの萌芽が,今生まれつつあると信じたい.

(たなか かつみ・情報工学)