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ブラウジング

ネットワークをマスメディア型へと不具矮小化するブラウジング――情報化の真の充実は参加性対話性から

 情報資源の収蔵,処理加工,搬送,接受など,情報の生産・流通・消費の物理的なレヴェルの総合的な形式が,いわゆるデジタル化,コンピュータ化されていく今日の歴史的過程のその初期のころ,すなわちコンピュータのパーソナル化が始まって間もなくの1970年代ごろには,ブラウジング(browse, browser, browsing)はエディティング(edit, editor, editing)と対照される語であった.

 コンピュータのプログラム,つまりソフトウェアとしてのブラウザとエディタを比較すると,後者は情報の加工ができるが前者はできない,という点が最大の違いである.

 ブラウザは多くの場合ファイル・ブラウザとも呼ばれ,それは,とにかくファイルの中身を見たい,読みたい,編集などの加工処理はしない,という場合に使われた.ファイル・ブラウザの古典的名作の筆頭に挙げられるのが,たぶんUNIXの標準コマンドmoreだろう.このmoreプログラムは,ひたすらファイルの中身を見る・読むという目的をより便利に支援するためのコマンドを20種類ぐらい提供している.ファイルの中身を見るためのUNIXコマンドはほかにもいろいろあり,中でもおもしろいのがtailだ.これは,目的ファイルの最後の数行を見せてくれる.UNIXオペレーティングシステムは,文章や文書を扱う労働に伴うさまざまなニーズを熟知している人びとが作り上げてきた,という印象が強い.

 このエディタvs.ブラウザという対語概念に続いて,次にbrowseという動詞が個人のコンピュータ利用圏に登場してきた場が,電話回線とモデムを使って利用するオンライン情報サービスだ.これは日本語の俗語ではパソコン通信と呼ばれ,アメリカなど英語の日常語としてはBBS(bulletin board service/system=掲示板サービス)と呼ばれている.この圏域では,「ブラウズ」は「自分も何かを書き込む」ことに対する対概念,ひいてそれは,BBSのメニュー上に現われる利用項目やユーザー・コマンドを意味した.つまりブラウズとは,そのBBSの上に寄せられている既存の情報群をただひたすら拾い読みしていくことであり,議論の流れ等に,少なくともそのときは自分は発言参加しないことである.原則として「ブラウズ」というメニュー項目を選ぶと書き込みは一切できないから,困っている人の質問への答えを私は知っている,というときでも,ブラウズという動作モードの中にいるかぎりは,答えを書き送ることができない.

 さて,その次にブラウズ,ブラウザ,ブラウジングという語が前面に大きく登場してきた場が,ご存じWorld Wide Web,通称Webである.Webのサイト(HTTPと呼ばれるアプリケーション・プロトコルに基づいてネットワーク通信をするサーバが動いているサイト)にアクセスして,自分も当然HTTPに従ってそこにあるファイルを見るプログラムのことを,「Webブラウザ」と呼んでいる.今日,最も広く使われているWebブラウザが,Netscape Navigatorと呼ばれる有料製品だ.

 しかし,以上のように簡単に歴史を見てくると誰にでもすぐ分かるように,たとえばブラウザの古典であるmoreが,従来のように自機上のファイル名だけではなく,ネットワーク・アドレス,使用するプロトコル,そしてディレクトリ名やファイル名など,ちょっと多めの引数を指定できるように改良されれば,たちまちそれはWebブラウザの機能をも包含した,ネットワーク対応の多機能ブラウザとなる.ユーザーの印象としては,指定するファイル名の部分がちょっと長くなったなー,ぐらいの感じだ.このようなネットワークの透明化(ネットワークにアクセスしていることをとくに意識しないですむこと)は,コンピュータ利用のあらゆる方面における重要な課題だ.

 また,以上の簡単な歴史記述からお分かりのように,ブラウジングとは原則として情報の消費のドメインに属する.言い換えるとそれは,情報の生産参加のドメインには属さない.ゆえにブラウジングという行為がネットワークに適用されるときは,ネットワークのwholenessではなく,それの一つのsub-formが現象することになる.そのsub-formは,私たちにお馴染みのマスメディアと呼ばれる形式である.テレビを見るときのいわゆる“チャンネル・サーフィン”とネット・アクセスにおける“Webブラウジング”は,形としてほぼ同形である.HTTPに対話性やそれによる情報の加工進化性は皆無ではないが,使用経験者はよくご存じのように,それらはたいへん貧しく,多くの場合に人心を憮然とさせるものである(たとえばポルノ猥褻サイトが問題となるのも,HTTPのマスメディア的一方向性がその本質的疫源なのである).

(いわたに ひろし・コミュニケーション理論)