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電子図書館

電子図書館は,ユーザー・インターフェイスの洗練度が上がるにつれて登場してきた応用技術である.ユーザー・インターフェイスの研究と文献検索との関係は,1940年代に構想されたヴァネヴァー・ブッシュのmemexに端を発し,1960年代にJ・C・R・リックライダーがより具体的に継承した.心理音響学を専門としARPA(現DARPA=国防省高等研究計画局)で行なわれた初期のコンピュータ研究を指揮していたリックライダーは,双方向性(インタラクティヴィティ)を実現する「対話型コンピュータ」の研究開発に没頭するようになった.「対話型コンピュータ」や「人とコンピュータの共生」のゆくえに,リックライダーは電子化された図書館を思い浮かべた.1965年,リックライダーは「未来の図書館(Symbiont)」を提唱する.ブッシュのmemexはマイクロフィルムを用いたものであったし,今一つ技術的な具体性を欠いていた.ところが,Symbiontは通信回線で接続された端末を用いるもので,現在構想されている電子図書館のアイディアに限りなく近い.電子化された文献を手元のコンピュータ端末で高精細に読んだり,拾い読み(ブラウジング)することができる.電子化された文献の必要な部分をスクラップしたり,印を付けたり,註やメモを書き込んだりすることもできる.また,表形式のデータからグラフを描いたり,自分の文書をデザインすることができる.そのような「電子的な知的生産技術」とも言うべき機能を持つシステムが構想されたのである.

 70年代になると,ロバート・ランドー(Robert Landau)が「机上図書館(Desktop Library)」の構想を発表する.「机上図書館」では,さまざまな文献の形態(たとえば,マイクロフィッシュ,マイクロフィルムなどで撮影された文献など)が一元的に管理され,効率よく検索・表示することができるシステムが構想されていた.「机上図書館」では,CATVなどの伝送装置を用いて,文献のイメージそのものを遠くにあるマイクロフィルムの保管庫から机上のディスプレイ装置に呼び出すような機能も想定されていた.

 memexと「未来の図書館」そして「机上図書館」という3つの先駆的な構想に共通する点としては,何よりも「ページサービス」があげられよう.つまりペーパーレスで,印刷物とそっくりそのままのページが表示されることが構想されていることである.memexや「机上図書館」でマイクロフィルムの利用が想定されているのは,高精細の「ページサービス」の必要性が強調されているからである.そして,通信によって空間の制約を解消することが構想されている点でも共通している.遠くにある文献を印刷物と変わらないような精度で見たいというニーズを,通信技術によって実現しようというわけである.さらには,手元の端末で獲得した情報を個人向けに加工できる「電子的な知的生産技術」のツールが想定されている点でも,共通している.「ページサービス」や通信による文献の伝達あるいは「電子的な知的生産技術」といった電子図書館の基本的な機能を実現する上で,リックライダーがめざした双方向性は,やはり基礎技術と言わざるを得ない.

 この双方向性を備えた「対話型コンピュータ」に必要とされる技術的な環境は,この30年に急速に整備された.そして,LAN(ローカル・エリア・ネットワーク)で相互接続され,高精細のビットマップ・ディスプレイを持つワークステーションが大学の研究室で日常的なツールとなって定着すると,データやプログラムなどのリソースを共有することが当たり前になってくる.その頃から,「ページサービス」や「電子的な知的生産技術」を備えた電子図書館は,現実的な技術開発のテーマになったのである.もちろん,この双方向インターフェイスの環境に見合うプログラム作成技術も整備された.オブジェクト指向プログラミングは,データと手続きをパッケージ化したオブジェクトを操作し,広帯域のグラフィカルな双方向性を実現するプログラミング手法として誕生した.

 電子図書館をデータベース(あるいは「図書館の機械化」)の変形や拡張と主張する研究者もいれば,ハイパーテキストやハイパーメディアを拡張したシステムとして考えている研究者もいる.もちろん,電子図書館は単に「ページサービス」のための技術ではない.電子図書館は,ユーザーのディマンドに応じて拡張したり圧縮することのできる柔軟性を持ったメッセージの集合でなければならないはずである.コンピュータ・ネットワークを介してブロード・キャスティングされているはずのメッセージの集合が,どの程度詳しい情報が必要かというディマンドに応じて,知識をさまざまなレベルで取り出し,分析できるような技術も必然的に求められるだろう.多大なコストを要するデータ入力の問題も解決されなければならない.そのようなテーマを克服するための技術的な環境は急速に整備されつつある.

(かつら えいし・文献情報学)