InterCommunication No.16 1996 |
InterCity PRAGUE |
チェコの現代エレクトロニック・アート展「オルビス・フィクトゥス」が昨年12月プラハで開かれた.会場はこの中欧の古都において最も名門の美術展会場であるヴァルドシュテイン乗馬学校である.この展覧会名,そしてこの会場が選ばれたことは,必ずしも偶然ではない. ソロス現代美術センター(SCCA)主催の同展の題名は,チェコのプロテスタント哲学者で教育家のヤン・アモス・コメニウスが発案・編集して1658年に出版した有名な子供用の図版入り教科書『オルビス・センシュアリウム・ピクトゥス(Orbis Sensualium Pictus)』(邦訳=井ノ口淳之訳『世界図絵』平凡社ライブラリー)からのもじりである.そして会場は,再カトリック化を強いられた17世紀ボヘミアにおける強大な支配者の一人,ヴァルドシュテイン総統所有のバロック宮殿の一部.バロック時代は,ヨーロッパの哲学,科学,そして芸術の位置づけの基本形が作られた,激動の時代だった. 当然ここで,現在と過去の対比,つまり旧メディアから新メディアへの段階的な移行とそれがもたらす美的,社会的,そして倫理的影響の問題が持ち上がる.ニュー・メディアと呼ばれるもののプレヒストリーとは何か? 偽りと真実の拡散が進むのを,テクノロジーの進化をもってどう食い止められるか? メディアを誰がコントロールするのか? これらの議論は,プラハという街の精神が生んだものかもしれない.ゴレムやロボットの神話が生まれたこの街では,現実と非現実,真実とフィクションとの区別の問題が歴史上これまで何度問われてきたかわからないのだ. この議論が同展の,そして同時イベントとしてゲーテ・インスティテュート・プラハとSCCAの共催で開かれた国際シンポジウム「アーティファクトとしての人工環境」のテーマとなった.シンポジウムの会場となったゲーテ・インスティテュートには,4日間の期間中ドイツ,チェコ,アメリカを中心に,マーガレット・モース,ジークフリート・ジーリンスキー,セルギウス・ゴロヴィン,ポール・デマリニスらのメディア理論家,アーティストたちが盛んな討論を展開した.このような規模で広く一般の観客に向けて電子メディアとチェコのヴィジュアル・アートの関係についての考察が行なわれた初の試みだったこともあって,この国の歴史的視点に重きがおかれた上で,それに国際的なメディアの文脈が重ねられる,という展開がなされた.
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