過去20年にわたり東京のNTTインターコミュニケーション・センター [ICC]の中心的なミッションは,メディア・アートの新しい潮流を,そのすばやく進化する様相において紹介,分析することに焦点を当てることだった. 1997年4月に華々しくオープンしてから,この革新的なセンターは,芸術的で科学的な交流を促進することを成功させ,世界中で最も先進的なメディア・アート施設と提携してきた.ドイツのZKM(カールスルーエ・アート・アンド・メディアセンター)は,ICCにとってよく知られた協力パートナー施設のひとつである.
2014年,ICC「オープン・スペース」のプログラムでは,メディア・アートの第一人者であり研究者のジェフリー・ショーによって制作された,インタラクティヴ・デジタル・アートで最も言及される作品のひとつ《レジブル・シティ》の保存の成功例を,メディア・アート研究者とともに分析し議論する機会が提供された.《レジブル・シティ》は,1989年に制作されて以来,オリジナルの形態から歴代のヴァージョンまで世界中の数多くの展覧会,ビエンナーレやアートセンターで鑑賞者をインスパイアし,惹きつけ,夢中にさせてきた.しかし1997年から10年もの間,作品のもともとのコンピュータ・プラットフォームであるSGI Indigoシリーズが製造元のシリコン・グラフィックス社(SGI)で製造停止状態となり,消滅する危機にさらされていた.*
2010年から2013年まで,ZKM(カールスルーエ)において筆者自身の指揮のもと,初期のインタラクティヴな没入型アート・インスタレーションの最も意味のある重要な事例として,《レジブル・シティ》は,——アーティストと話し合いながら——ヨーロッパの研究プロジェクト「デジタル・アートの保存プロジェクト」(www.digitalartconservation.org)の一環として,より大きなケース・スタディの対象となってきた.最終的に保存の解決策として2013年に実現したのは,インスタレーションのソフトウェアを現行のOSに移植することだった.
美術館の主要な業務である,収集・保存・研究・伝達は,文化遺産を伝えてゆくための戦略である.今日,プライヴェート・コレクションやパブリック・コレクションをちょっとでも見れば,デジタル・アート保存の実践が伝統的な美術作品に適用されるような対策に方向付けられているため,期待よりも大幅に遅れていることが明らかになる.
1950年代以来,私たちはアナログ文化からデジタル文化へと,広範にわたり急速に進化するシステムの変化に立ちあってきた.それは新時代,歴史の新たな時の始まりを告げるだけでなく,時間そのものの概念が変わり,いまだに変化し続けているのである.
ユビキタスの効力と同時に,情報の一過性のおかげで,「いま」の感じ方は過去のそれとは異なる.20世紀初めに始まった新しい素材の利用は,芸術的な技術の発展と新たなメディアの使用をもたらした.しかしながら1960年代より後,とりわけエレクトロニック・アートとデジタル・アートの出現はアートの作者性に新しい概念をもたらし,アート作品と鑑賞者のあいだのコミュニケーションの形態が広がってきた.ラジオやテレビなどメディアのチャンネルを介して,いまや公共圏はグローバルな電子データの宇宙にまで拡がった.今日,インターネットの知識人や促進者たちによると,あらゆる情報は——少なくとも潜在的に——いつでも,どこでも利用できるのである.そしてこうした発展に結びつく期待は,一時的なイヴェント性への熱狂をますます志向する社会に直結して,今日,これまで夢にも思わなかった創造的な可能性でありながらも不測かつ未解決のキュレーションと保存の問題とを同時に,美術館やコレクション,キュレーターやコンサバターに突きつけるのである.
急速な技術的,社会的変化は,以前のアートの理論と実践の完全な改訂,要するに,あらゆる伝統的な標準や評価基準を問いただす再評価への着手を要請した.アートを言い表わすのに以前はおなじみで一般的だった概念は,新しく発生した社会的,経済的な混乱を説明したり批評することと同様に,細かな定義,分類,有意味性の課題に出くわしてきた.この再評価はまた,「あなたは生まれながらのデジタルか?」という問いが,いまやデジタル・ネイティヴ世代のすべての人に肯定的に回答されるという事実を導き出している.今日,アートは,明確にインタラクション(相互作用)と参加に向かって新しい期待を込めてアプローチしている新世代のユーザーを魅了している.
やっと最近になって,こうした文化的な記憶のシステム変化が,デジタル・コードで表現されたメディア・アートにとって何を意味するかを理解できるまでになってきた.つまり,技術的発展が急速に進めば進むほど,アート作品の「半減期」は短くなる.過去20年の経験を頼りにしてイノヴェーションの急速なサイクルを考慮すると,デジタルのハードウェアとソフトウェアは最大利用期間が10年未満であると想定しなければいけない.結果として生じるデジタル・アート作品の機能的老朽化または機能障害は,それらの維持,保存,プレゼンテーションについての全般的な見直しを要求する.
アート作品の主要な本質は疑いなくアイデアにあるが,そのようなアイデアは,人間の知覚によって体験されてはじめて,表現されたり,伝わったり,理解されうる.このため,たとえ石器時代の洞窟の壁,石彫,キャンバスに描かれた絵,紙にプリントされた写真,あるいはデジタル・アート作品の保存と新たな発表のために本質的なハードウェアやソフトウェアであろうと,物質メディアは必要である.すなわち,コンピュータ,ハードディスク,インターフェイス,センサー,モニター,プロジェクター,その他あらゆる装置は,どれもデジタル処理で機能し稼動するにもかかわらず,それら自体は決して非物質的ではないのである.数千年にわたって,アナログなメディアに保存された情報は,それらが物質として存在しているかぎり,回復可能であることが示されてきた.このたった30年の間に,デジタル・アートに関する進歩と「前進」のそれぞれの新しいサイクルによって,デジタル・メディアの非常に短い歴史は,反対のことを示してきた.アナログ文化からデジタル文化への体系的な移行によって引き起こされた,技術的で文化的なパラダイムは,新技術の触媒としてのアートによっておおかた形づくられるかもしれないが,大多数の美術館やコレクションはまだこのことを受け入れていない.
したがって課題は,美術館やコレクションが,いかに,そしてはたして,文化遺産を保存し継承する責任に応じるかどうかということだ.これは私たちが,デジタル・アートの実体を非物質的なバイナリ・コードをアイデアと法典化として理解するかどうか,または,制作,保管,発表の器材の歴史的な物質性に固執したいかどうか,ということとはまったく無関係である.既存の組織の形態についていうと,ますます縮小する予算のせいで,これまで美術館やコレクションは,技術発展のこれだけの加速に課された必要条件を満たせない境遇にいた.
最も明白には,キュレーター,コレクター,美術史家,コンサバターに未解決の問題を提示し続けるパラダイム・シフトは,作品蒐集と保存の実践と理論に発生してきた.従来の道具は,いまだにアーティストとコンサバターたちにとっての責任であり手中にある一方,制作と発表のためのデジタル・ツールは,たいがいオリジナル版と互換性のないハードウェアや新しいソフトウェアのヴァージョンのライセンスにおいて,さらにより急速な技術的変化の連続にひれ伏すことになる.
制作の新たな条件は,いつも新しい取り組み方へとつながり,必然的に作品の伝統的な理解の見直しにもつながってきた.デジタル・アート作品の場合,人はソースコードに紐付いているプログラミングにつきものの非物質性が,永久に存続することを保証していると勘違いし続ける.その上,人はそれぞれの演出に起因するパフォーマティヴな性質と複数のアイデンティティを持つ作品があるという考えを,明らかにすべて受け入れてきた.
ここまで触れてきた一般的な問題,つまり現在の本物のデジタル文化の維持と,未来の世代に向けた継承は,21世紀のすべての文化施設にとって,既存の価値観の基準,運営構造,基本方針,あるいは技術的進歩における前衛的な役割を探し求めることを続けるかに関わりなく,決定的な議題となっていくことが運命付けられている.

* 《レジブル・シティ》のプログラムの移植はアーティスト兼科学者のベルント・リンターマンによって実現された.もともとギデオン・メイによってプログラムされたインスタレーションのソースコードすべてにアクセスできたわけではなかった.入手できなかったソースコードの一部はインターネット上で利用できるソースコードに置き換えることができた.作品の原本はSGIコンピュータ,入手自由なソースコードとしてのインターネットで包括的に利用可能であるグラフィック・ソフトウェア規格の発展に決定的な影響が同様にあったプラットフォームで実行されたという点で,もともとのソフトウェア構造を大幅に変えることなく,ソフトウェアのコンセプトを現在規格へ移すことができた.当初の希望通り,移植ヴァージョンは,LinuxやMac OS Xのような異なるプラットフォーム上で動作し,GLUTを含む中古のソフトウェアも,ソースコードにおいて利用可能である.移植は細かく段階を追って実施され,ソフトウェア修正のオリジナルとの比較を作品のそれぞれの段階において容易にしたので,違いを最小化できた.プロセスが一致すれば,動的挙動をまったく同一に再現することはできないが,限りなくオリジナルの動きに近づけることができた.ケース・スタディの全貌は,ベルンハルト・ゼレクセ(編著)の『デジタル・アートの保存:理論と実践』(ウィーン,2013)に記述されている.